「ゴールドマンは起業したら成功しそうな人ばかりだった」 フォルシア屋代浩子社長インタビュー

date_range 2018/06/10

外資か日系か、あるいは、大手かベンチャーか――。そんな悩みを持つ方にとって、独自の検索技術で成長中のベンチャー企業「フォルシア」の屋代浩子社長の話は参考になるかもしれません。なぜなら彼女は、野村證券とゴールドマン・サックスという日米のトップ企業を経て起業したという経歴の持ち主だからです。

それぞれの会社で、どのような仕事を経験し、どのように成長してきたのか。屋代さんに、これまでの軌跡を語ってもらいました。(取材・構成:亀松太郎、撮影:森健児)

description

女子の総合職一期生は「例外」だらけだった

――屋代さんは1988年に慶應義塾大学の経済学部を卒業し、野村證券に入社したということですが、なぜ証券会社に入ったのでしょうか。 屋代:私は父が商社マンで、海外生活が長かったんですね。生まれたのが南アフリカで、小学校はギリシャで過ごしました。その間、父の仕事をみていて、自由に世界に羽ばたける経済人になりたいと思ったんです。

本当は父と同じように商社に入りたかったのですが、そのころの商社は、女子を総合職で採っていませんでした。早めに門戸を開いたのは金融機関で、中でもグローバルな仕事を伸び伸びとさせてくれそうだったのが、証券会社だったのです。

――野村證券には女性総合職の一期生として入ったそうですね。入社後は、いろいろ大変だったのではないですか。

屋代:最初なので、何かと大変ですよね。たとえば、当時の銀行や証券会社では、女性社員はみな制服を着ていたのですが、私は制服ではなくスーツを着ていました。当然、ものすごく目立ちます。

出張に行ったときも、女子だから車をつけようとか「逆差別」とも思えるような配慮をしていただいたり。どちらに転んでも、アブノーマルという意味で大変でした。仕事以前のハードルがたくさんありましたね。

――野村證券では、どんな業務を担当したのでしょうか?

屋代:配属されたのは、国際業務部です。デリバティブを手がけたり、スワップやオプションなどの新しい金融商品を海外にならってどんどん開発していこうという部署で、とても刺激的でした。

description

――最先端の部署ですよね。

屋代:すごく楽しかったです。ただ、デリバティブの開発には数理的な理解力が必要なのですが、経済学部出身だった私は、そこが足りてなくて苦労しました。もっと勉強して、周りに追いつきたいという気持ちがあり、留学したいなと思いました。

――20代半ばで野村證券を退社し、マサチューセッツ工科大学(MIT)に留学したんですね。現在はフォルシアのCOOを務めている屋代哲郎さんと、夫婦で一緒にMITに留学したということですから、すごいですよね。 屋代:屋代哲郎は野村證券の先輩だったのですが、彼のほうが先に企業派遣でMITに行くことになりました。私は翌年、MITを受けて留学しました。退社してから、GMATやTOEFLの勉強を必死にやって、なんとか合格することができました。留学するタイミングで結婚もしました。

――MITでは金融工学を専攻したということですが、どんなことを勉強したのでしょうか?

屋代:いろいろな金融系の授業に加えて、アントレプレナー(起業家)の授業も受けました。起業に対する興味は、そのころからすごくあったんですね。新しいことにチャレンジしていくのが好きなので。そういう意味では、野村證券での総合職一期生も、MIT留学も起業も、私のなかでは同じラインで、どれもエキサイティングです。

ほとんど24時間働いていたが、楽しかった

――MITの後、ゴールドマン・サックスに入ったわけですね?

屋代:借金して留学したので、まずお金を返さなければいけないなと思いまして。さすがに、お給料は良かったですね。こんなにくれると、びっくりするくらいでした。デリバティブのチームで8年間、プロダクトを作って売るという仕事をしました。

description

――ゴールドマン・サックスが日本でどんどん有名になっていった時期ですよね。

屋代:バブル崩壊以降、日本のマーケットが下がっていく一方で、外資系が伸びていきました。外資系にとってのゴールデンタイムで、一番楽しいときでしたね。

――外資系の投資銀行というと、ハードワークのイメージが強いですが・・・

屋代:ほとんど24時間、働いていましたね(笑)。金融市場は、東京が終わっても、ロンドンやニューヨークが開いていて、ニューヨークが終わるころに、また東京が始まるという世界です。

夜中でも、アメリカから電話がかかってくるので、下手するとずっと働き続けることになってしまう。寝ているとき以外、プライベートな時間はほとんどないような生活でした。でも、すごく楽しくて、やらされていると思ったことはありませんでした。 ――自分のやりたいことをフルスピードでやっていくという意味で、起業家の働き方に近いかもしれませんね。

屋代:ゴールドマンで一緒に働いていた人たちはみな、起業したら成功するだろうなという人ばかりでした。素晴らしい人ばかりだったので、そのトーンに合わせるのがしんどかったですけど、自分が成長していって、チームとしても伸びていると実感できるのは、すごく楽しかったです。

――野村證券とゴールドマンサックスはいずれも金融系のトップ企業ですが、実際に働いてみて、違いは感じましたか?

世界で通用する人材を育み未来を創る『Liiga』とは?

戦略コンサル、投資銀行、総合商社、グローバルメーカーをはじめとする若手プロフェッショナルのキャリアを支援します。新しいキャリアの歩み方がこちらにあります。詳しくはこちら

会員登録のお願い

限定募集情報に応募するためには、会員登録の後プロフィールを入力いただく必要があります。

追加記入のお願い

限定募集情報に応募するためには、追加でプロフィールを入力いただく必要があります。

プロフィールを入力
審査をお待ち下さい

現在、ご入力いただいたプロフィールを審査しております。申し訳ございませんが今しばらくお待ち下さい。