アメリカの田舎で途上国への想いを募らせた―商社マンが語る、アフリカビジネス最前線 #01
2018/09/11
#総合商社で身につくスキル
#海外で働きたい

はじめに

アフリカのモロッコで、キャリアを積まれている日本人駐在員(以降、K氏)がいます。総合商社の方で、曰くこの勤務地は「希望が通った」結果だそうです。

実際に行ってみると、東京から中東経由の便で約20時間かかるような、アフリカ大陸の西の果てにある国でした。

なぜ日本から遠い途上国で働くことを望んだのか。その醍醐味は何なのか。モロッコ経済の中心・カサブランカにて、K氏にお話を伺いました。

ぜひご覧ください。

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周りにはいなかった。だからこそやりたかった

—まず生い立ちからお尋ねしたいと思います。

大学時代まで、特に海外経験はありませんでした。一般的な公立小中学校に進学しており、両親も海外とは無縁でした。ただし中学生時代に外国人と意思疎通し、英語に興味を持つようになって以来、外国語を学ぶことは得意でした。

そして日本の大学はバイトして遊ぶイメージを持っていた一方、視野や世界感を広げたいという漠然とした想いがあり、アメリカの大学へ進みました。

―海外大学というのは周囲を見渡してもなかなかいない、珍しい選択だと思います。躊躇はしなかったのでしょうか。

しませんでした。確かに周りには海外大学に進むという人はいませんでしたが、だからこそやりたかったのです。私はあまのじゃくなのかもしれません(笑)。

―語学面でついていけるかなど、心配の種は絶えなかったと思います。

私の場合はTOEFLの点数を利用して、アメリカの大学附属の語学学校に3ヶ月間入り、その後大学に正規入学しました。英語の勉強が3ヶ月で間に合わない場合でも、語学学校を続けながら大学の授業を受けられるなど、アメリカの留学生受け入れ態勢はかなり整っています。そのため、時間さえかければなんとかなるだろう、という気持ちでした。

―卒業後は、日本で就職活動を行い、総合商社に就職されています。なぜ総合商社なのでしょう。

大学時代、スペイン語専攻だったことから、スペイン語圏2ヶ国への短期留学、コロンビア人とのシェアハウスを体験します。その経験を通じて、南米を始めとした途上国で仕事をしたいという思いを募らせました。そこで、海外で数年単位の活躍機会が見込める商社を目指したのです。

―海外で働くことが、当時から軸だったわけですね。

はい。志望部署も海外駐在員の多さで決めました。その結果、機械グループ自動車部門、アフリカ担当の課に配属されています。得意のスペイン語を生かせる南米ではありませんでしたが、途上国という意味で自分の希望通りの部署でした。

アジア顔の人は向こうからしたら宇宙人

―なぜ海外の中でも、「途上国」なのでしょうか。

大学時代に、南米やアフリカの留学生と仲がよかったのがきっかけです。留学先の中西部の州は白人が9割で、黒人すら珍しい保守的な地域でした。キリスト教のバイブルスタディに行かないやつは人間じゃない、と言われる程です。

必然的に、マイナリティである非白人の留学生同士で固まります。物好きなアメリカ人が仲良くしてくれることもありますが、基本的には留学生同士でイベントを開催したり、チームを作ってサッカー大会に参加したり、授業で協力したりしていました。キャンパス内で一緒に働いたのも、ブラジル人、ネパール人、ドイツ人など留学生が主でしたね。

あと、アメリカに留学してくる学生の目的意識が総じて高かった影響もあります。国連のインターンをしていた人もおり、途上国の発展に貢献したいという思いがありました。

ただし私は国際紛争解決など政治分野にあまり興味がわかず、ビジネスを通じて、途上国を発展させたいという気持ちに傾いていました。

―留学生同士でイベントを開催した、というのは興味深いです。

日本の大学で言うサークルのようなもので、アメリカでは結構ある話です。日本人会の会長をしていたということもあり、様々なイベントを開催していました。

―日本人会の会長をされていたのですね。

はい。そもそも日本人が少ない地域なので、私がアメリカに行く1年前に先輩が作った、新しい会です。それを盛り上げたいという思いがあり、着任しました。

留学して始めてクラスメートと話した際に、出身地を聞かれ、日本だと答えたところ、「日本はチャイナのどこにあるのか」と質問されたことがあります。普通に日本で生まれ育ち、日本と言えば誰でも分かるものだと思っていた私にとって、これは衝撃的でした。

ニューヨークなど、都市部のアメリカ人なら日本のことは知っているでしょう。しかし私が留学していた地域は外国を知る機会の少ない田舎でした。日本の田舎にいきなり白人が来た、というのと同じです。

差別と言うと大げさですが、こういうアジア顔の人は向こうからしたら宇宙人のようなもので、見たことがありません。ですから、アジア人を見かけると皆「ニーハオ」と声をかけてきます。

ここ(モロッコ)の人もそうですが、中国人だから「ニーハオ」ではなく、単に東洋人は皆「ニーハオ」が挨拶だと思っているのです。(笑)

そのため、悔しいというか、日本をもっと知ってほしいという気持ちがありました。日本はもっと素晴らしいところがあるし、中国とは別の国です。そこで、日本を知ってもらうために、4,5人しかいなかった日本人の留学生を集めて、大きいイベントを開くことにします。

大学の留学生を支援する事務局と協力して大学のファンドと交渉し、資金を集めました。それで一番近くにある日本領事館を巻き込み、市長を呼んで、桜を植えるイベントや日本祭りを開催しました。

「良くそんな屁理屈を思いつくな」と感心してしまうほど

―途上国ビジネスへの興味を深めるきっかけが、「日本を知らない」程の田舎の環境にあったのですね。実際、モロッコでのビジネスをされていて、得たものはありますか。

得たものですか…。多岐に渡りますが、特に今でも役立っているなと感じるのが、物事の本質や人物を見極める能力、感覚を身につけたことです。

―人物を見極める能力、というのは。

モロッコや周辺国では、日頃の生活からビジネスでの交渉の場面まで、良くも悪くも、ある事ない事言って、色々な話術を繰り出してきます。「良くそんな屁理屈を思いつくな」と感心してしまう程レベルが高く、アラブ式交渉術と呼ばれています。

description モロッコはアラブ系住民が多く、アラブ的な古い町並みが残る。

相手の言っていることが真実なのか、単なるハッタリなのか、言い訳なのか、非常に判断が難しい。日々鍛えられたお陰で、本質や人を見極める能力が付いたと思います。何度騙されたことか(笑)。

―ビジネスはもちろん、日常でも嘘に翻弄されているということですよね。

彼らにとって嘘は必ずしも悪いことではないのです。例えば、駅に行く道を聞かれたとします。ここの人は、たとえ道を知らなくても、こうかなと思った道を「まっすぐ行って○○を右に曲がってその次に左で…」と想像で答えます。道を聞いた人は、少なくともその場は「こうすれば着けるんだ」と安心して、救われるからです。

―確かに安心はしますが(苦笑)。

日本人ならあり得ないですよね。しかし、彼らは本当にそう思っています。言ったもの勝ちと言いますか、その場では救われるから良いことをした、神様にも評価される、と考えます。そういう価値観が根底にあるのです。

交渉でも同様です。あることないこと虚実織り交ぜてきます。嘘を悪いことだと思っていません。

日本では出鱈目なこと言えば信用を失うと考えます。しかしモロッコ人はそういう教育をされていないし、周囲もそう考えていません。そういう文化が骨の髄まで染みているのです。

例えば日系メーカーがモロッコの現地法規を確認したいとします。「何トントラックでは何キロ以上積んではいけない」など、種々の規制があるためです。ところが、現地の交渉の場では現場の人がその法律を知らなくても想像で答えてしまいます。

当然、メーカーの海外営業担当者はそれを日本に持ち帰り、設計や開発部署に伝え、全社を動かします。自動車や食品などの大手メーカーを何から何まで動かした後、「実は法律が違っていました」という先進国では起こりえないことがよく起きます。

一方で彼らに悪意はないし、騙そうとも思っていません。その種の苦労はよく経験しますね。

―なんとなくで言っているのか、本当に知っているのか、見極める必要があると。

現場の人の回答に「本当に?」と突っ込めるかが鍵です。彼らは目を見て自信満々に、具体的に言うので、普通の日本人は不思議な程、疑わず信じてしまいます。

あとは情報源を聞きだして、その情報源に直接電話して確認するなど、騙されない手段や確認の仕方を増やしておくことです。それでも最終的には感覚ですが(笑)。

―その見極める感覚が、日々揉まれる中で培われてくるのですね。

人によっても異なりますね。大企業の経営層は外国人に接する機会も多いため、わからないことはきちんと確認してくれるが、リテールの現場の人はそうでない、など。こういった諸々は、現地に駐在していないと言葉でわかっても現場感覚としては分かりにくい。だからこそ、商社が駐在員を置く価値があるのだと思います。

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コラム作成者
Liiga編集部
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