「日本のユニコーン企業数はインド、韓国、フランスより下」ドリームインキュベータ・インド代表が語る現地のVC、スタートアップ最前線Vol.1
2019/07/11
#海外で働きたい

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はじめまして。私は2015年から、インドでスタートアップ特化ファンドを組成・運営し、PE/VC(プライベート・エクイティ/ベンチャー・キャピタル)投資を通じて現地起業家を支援しています。海外志向、スタートアップ志向を持ちつつも「具体的にどうキャリア設計すればよいかわからない」と悩まれている方に向け、本連載で世界のイノベーションの1極に成長しつつあるインドのスタートアップ事情をお届けします。

インドは米国、中国、イスラエル等に続くテックスタートアップの創出国として注目を集めている一方、日本では中国以上に知られていません。正しい意思決定、そして正しいキャリア設計には、正確な情報が不可欠です。インドのトレンドや変化を最前線からアップデートする本連載が、皆様のキャリア設計のヒントになれば幸いです。

〈Profile〉
江藤 宗彦(えとう・むねひこ)
ドリームインキュベータ(DI)インド社長
慶應義塾大学経済学部卒業
国際協力銀行、PwCアドバイザリー、ベンチャー企業を経て、2011年にDIに参加。戦略コンサルに従事後DIのインド事業立上げに携わり、現在はバンガロール在住。インド駐在を開始してからヨガ・瞑想にはまる。週末は子供の宿題を見つつ、隙間時間で読書とゴルフを楽しむ。
Twitter:https://twitter.com/EtoMunehiko

急成長するインドのスタートアップ企業

キャッシュレス社会-。2019年の流行語にノミネートされるかもしれない言葉の一つです。ソフトバンクグループは日本でのキャッシュレス社会のリーダーを目指し、2018年10月に日本で電子決済サービス「Paypay」を開始しました。

一見インドと全く関係ない話なのですが、実はPaypayにはインド発スタートアップで電子決済最大手の「Paytm」の技術が活用されているのです。あまり知られていませんが、このようにインドのスタートアップは世界中のあらゆる場面で影響力を持ち始めています。 そしてインドでは、このようなグローバルで活躍できる新進気鋭のスタートアップが、今まさに雨後の筍のように育ちつつあります。

こうした勢いをはっきりと確認できるのが、国別VC投資額の推移です。2016年のインド国内のVC投資は70億~80億ドルと、この時点で既に日本の3~4倍になっています。また、ユニコーン企業(時価総額10億ドル以上ある未上場企業)の数も15社で世界4位(2019年4月時点、図①参照)となり、その躍進ぶりは目を見張るものがあります。

この調子でいけば、向こう数年でインドは英国を追い抜き、米国・中国に次ぐスタートアップ生態系に成長することはほぼ間違いないでしょう。

もともと、インドにはスタートアップの興隆を後押しする好条件(人口、特に若年人口が多い、英語×IT人材、ITで解決されやすい社会課題が豊富等)が備わっていましたが、「決められない政治」や対外直接投資の推進に逆行するような動きが影響し、なかなか芽が出ませんでした。

しかし2016年頃を境に、Reliance Jio(現地財閥による携帯通話・データ通信サービス)の出現で通信データ料金が急低下したこと、またモディ政権がデジタル化を前例にないスピードで推し進めたことなどにより、スタートアップの生態系が一気に開花し始めました。

2019年5月にモディ首相が再選し、2024年まで政権を担うことが確定したため、インドのスタートアップが更に飛躍することが期待されます。

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図①

実力を反映しきれていない日本のスタートアップ生態系

日本のVC投資額も年々増加していますが、国際比較をしてみると、残念ながらその存在感は非常に小さいと言わざるを得ません。 図➁は2012年~2016年の累積VC投資額を示したものですが、米国が3,160億ドルと突出し、中国が750億ドルで猛追しているのが分かります。

これら2国に英国、イスラエル、インドが団子状態で続く、というのが世界の構図です。同時期の日本の累積投資額は70億ドルとインドの200億ドルに遠く及びません。

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図➁

また、ユニコーン企業数も日本はプリファード・ネットワークス(PFN)1社にとどまり、その経済規模や技術力に比して非常に少ない(ユニコーンの数は国の経済規模にある程度比例する。図③参照)と言えます。

日本でユニコーンが育たないのは、マザーズ市場が世界的に見ても上場しやすい市場(過去の実績ではなく将来の成長性を重視した上場基準)であり、日本のスタートアップはユニコーンになる前に上場してしまうという構造があることが一因です。

ただそれ以上に、国境を越え世界で戦おうとしている日本のベンチャーが少ないということが主因と考えます。

母国市場が大きく優位に立つ米国、中国、そしてインド

企業の株価水準は、その企業の事業ポテンシャルの大きさに左右されます。事業ポテンシャルを決める要因は2つあり、 ① そもそも対象市場(潜在含め)がどのくらい大きいのか(=市場ポテンシャル)、 ② そしてその市場で対象企業がどのくらいの事業・売上・利益規模を作れる力がありそうか(=対象市場で勝てるのか)です。

内需が大きい国のスタートアップは、母国市場が大きく、市場ポンテンシャルという点で最初から“下駄を履いている”ことになります。

日本のGDPは世界3位とはいえ低成長が続くことが予想され、経済・社会の変化への抵抗力・反対も強く、それなりの規模の新市場を創出することは簡単ではありません。一方、米国や中国は母国市場が大きく、新しいイノベーションがどんどん発生し、新市場が次々に創出されています。


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図③

そしてインドも、人口ボーナスのおかげで高い潜在成長力を持っています。産業や技術発展が遅れているため短期間に先端のビジネスモデルや技術を導入でき、巨大な新市場を一気に生み出すことが可能です。また、インド企業はある程度体力がついてくると、すぐに米国・中東・東南アジア市場に打って出ます。自分から対象市場を広げにいくのです。

日本のスタートアップがユニコーンを目指すとしたら、市場ポテンシャルに天井がある日本市場だけにとどまらず、海外に打って出ることが重要な戦略オプションになります。

しかしながら、世界を目指すベンチャーが日本に少ないのが現状で、それには2つの原因があります。 一つは、楽天、Gree、DeNA等の海外事業撤退が相次ぎ、日本のベンチャー経営者の中で海外展開は容易ではないという認識が広まってしまっていること。

2つ目は、仮に海外展開を本気で目指そうとしても、GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)やBAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)が大きくなり過ぎ、現実として日本企業が海外で勝てる領域や国が少ないことです。

インドのスタートアップは日本にとって残されたチャンス

昨今、米国や中国のスタートアップでは、日本からの企業訪問を断ることが増えていると聞きます。

1つ目の理由は、日本や日本企業の相対的なプレゼンスが落ちてきていることです。2つ目は、多くの日本企業は、情報収集だけに来て、商談や投資の話がなかなか進まないからです。スタートアップでは、PDCAサイクルをできる限り早く回して軌道修正を繰り返すことが生存を左右し、意思決定や対応の早さが、高く評価されます。

そんな中、インドとイスラエルは、日本や日本企業に対してまだ好意的な対応をしてくれます。ハードとソフトの融合の重要性が増す中、ハードに強い日本とソフトに強いインドやイスラエルは、相互補完的であるためです。また、地政学的に政治・外交的な対立が起きにくいことも背景にあります。しかも、両国とも21世紀のスタートアップ大国になるポテンシャルを持つ国です。

ただ、残された時間は多くありません。あと5年もすれば、インド独自の生態系が十分に大きくなり、日本/日本企業というだけでは、相手にされなくなる可能性が十分にあります。 今ならまだインドの生態系に入るチャンスがあります。一歩踏み出して、インドに触れてみてはいかがでしょうか?

コラム作成者
Liiga編集部
Liigaは、「外資就活ドットコム」の姉妹サイトであり、現役プロフェッショナルのキャリア形成を支援するプラットフォームです。 独自の企画取材を通して、プロフェッショナルが必要とする情報をお伝えします。