30代で年収2,000万円に到達することもあるほど、ステータスもサラリーも期待できる総合商社。それだけに転職市場でも人気が高く、選考倍率は100倍を超えることも珍しくありません。
総合商社への転職の実態は、コンサル・投資銀行出身者がほとんどであり、事業会社からの中途入社はハードルが高いといわれています。
今回は、食品系メーカーに新卒入社した後、130倍もの選考倍率を突破して総合商社に転職した高橋 豊さん(仮名)に、「転職に至った経緯」「総合商社に転職をするために必要な経験や能力」についてお聞きしました。
・新卒で一番面白い仕事を経験したから、転職時期が早まった
・「なぜ?なぜ?なぜ?」。商社の面接は前職の成果を”徹底的”に深掘りしてくる
・20代後半で年収1,200万~1,300万円。前職にかかわらず年収が決まる
・優秀な人材ばかりで成長できた。ただ歯がゆいことは「商社はあくまで脇役」
新卒で一番面白い仕事を経験したから、転職時期が早まった
ーー前職のお仕事と、転職された経緯について教えてください。
高橋:私は将来自分の食品ブランドを開発したいと思い、食品メーカーに新卒入社しました。経営企画室に配属されたのですが、当時会社は新規事業に力を入れており、入社直後から新規事業へ挑戦することができました。
ーーどのような新規事業でしたか。
高橋:経営企画室での最初の仕事は、他社とJV(Joint Venture:共同出資企業体)を作り、新しい食品ブランドを立ち上げるプロジェクトでした。入社3年目にはその会社に出向。自分で企画した事業を実際に推進することができて、仕事はとてもエキサイティングでした。
ただ出向してから2年経って異動することになり、プロジェクトから離れなければならなくなりました。そこでまた同じようなエキサイティングな経験がしたいと考え、転職を考えるようになりました。
ーー新規事業の仕事がとても楽しかったのですね。
高橋:かなり面白い仕事でした。ただ、最初に面白い仕事をしてしまったからこそ退職時期が早まったという側面はあるかもしれません。
ーー転職活動では最初から総合商社を意識していましたか。
高橋:意識していましたね。実は新卒の時も現在勤務している総合商社を受けていたのですが、当時は落ちてしまいました。でも転職活動時に、この商社に勤めている友人に事前に話を聞いたところ、改めて面白いなと思ったのです。
ただ実は、自分には入るのは難しいかな、とも思っていました。だから正直、受かればラッキーという気持ちで受けていたのです。幸い採用されたので本当に良かったです。
「なぜ?なぜ?なぜ?」。商社の面接は前職の成果を”徹底的”に深掘りしてくる
ーー総合商社の中途採用選考では、どのような選考が行われましたか。
高橋:まずは、書類選考が2回ありました。1回目は、書類を提出した後にWEBテストを受けるのです。2回目の書類選考以降、3回の面接を受けました。
ーー面接官はどのような方でしたか。
高橋:3回とも候補者1人に社員2人という構成でしたね。面接官の役職は、
1次面接:部長・部長補佐 2次面接:副部長・人事担当者 最終面接:役員
です。
ーー面接ではどういったことを聞かれましたか。
高橋:「過去の経験とそこから何を学んだか」「それを会社でどう生かせるか」をかなり深く聞かれます。いわゆる新卒の面接との違いは、「仕事で何をしてきたのか」という部分ですね。
特に、会話の能力が重視されていると感じました。面接官はただ質問をするのではなく、1つのことに対して5回くらい「なぜ」と深掘りします。その問いにどう答えるか、つまりロジカルに回答できるかを見ていると感じましたね。会話やディスカッションの能力に重きをおいている印象を受けました。
ーーどんな対策をしていたか教えてください。
高橋:面接を受ける前、自分が初めて話す人でも納得してもらえるように、事前準備を積み重ねていました。「これまでの実績」「そこから何を学んだか」「何をしたくて何ができるか」。それをロジカルに組み立て、何を聞かれても返せるようにしていました。
ーー総合商社に入社できた方に、共通点はありましたか。
高橋:絶対的な共通点はないと思います。私の同期入社組は仲が良いのですが、バックグラウンドは様々です。M&Aの経験を持つ者や、コンサル経験者、私のように新規事業経験者など経歴はばらばらで、年齢も幅広いです。もちろん、性別も関係ありません。
ただ同期に共通していえるのは、皆「前職で成果がある」ことだと思います。あと「地頭が良い」人ばかりですね。さらにいうならば、「事業を作るマインド」を持っている人が多く、それも重要だと感じます。
ーー商社の選考を突破するポイントはありますか。
高橋:実は今の私には、総合商社に中途採用で受かる自信は正直ありません。採用されるかどうかは、「人材が必要な案件次第」だと思います。私の場合は、年齢や経験などがほぼ要件に当てはまっていたのでしょう。「一次面接の時点でオファーを出すことは決まっていた」と、入社後に人事から聞きました。
あえて対策を挙げるとすれば、「物事を深く考えること」でしょうか。総合商社には、思考が深い人が多くいますから。
20代後半で年収1,200万~1,300万円。前職にかかわらず年収が決まる
ーー転職の際は何社に応募したのでしょうか。
高橋:5社の総合商社を受けました。書類選考で落ちた会社もありますし、政情不安など外的要因がネックとなり、辞退した会社もあります。
ーー総合商社のオファー年収について教えてください。
高橋:年収の決まり方は、新卒で入った人と全く一緒ですね。新卒に換算した入社年次により年功序列的に決まるのです。前職は年収500万~600万円程度でしたが、私の場合はオファー年収は1,000万円程度でした。ここに残業代などが加わるので、現在の総年収は1,200万~1,300万円程度と前職の2倍以上になりました。
ーーいきなり2倍はすごいですね。
高橋:私ももし年収が低くければ交渉しようと思っていましたが、それは不要でしたね(笑)。厳密には在籍年数も評価に少し加味されるようなのですが、その影響度合いは年収の数%にも満たないようなので、全く気にならないですね。
一方で、この制度がマイナスに働く方もいます。例えば投資銀行出身者です。彼らは30歳前後なら年収は数千万円になっているでしょうが、総合商社に入社すると、私と同じ年収まで自動的に下がることになります。彼らはむしろ少し不満を感じているかもしれません。
ーー転職した人が配属されやすい部署はありますか。
高橋:どこの部署に配属されるかは、毎回違います。まわりの中途入社組を見ているかぎり、前職のインダストリーにかかわらず、空いている部署のポジションに入社することが多いと思います。
私の場合は前職が食品事業会社だったのに加えて、食品カンパニーに欠員が出ていたため、その部署へ配属になりました。この部署は、私が入ってから後は一人も転職者が入っていません。欠員が出て初めて募集をかける、といった流れだと思います。
優秀な人材ばかりで成長できた。ただ歯がゆいことは「商社はあくまで脇役」
ーー入社されてからどんなお仕事をしましたか。
高橋:食品の新規事業全般ですね。新規事業は、経験よりアイデアと履行できるメンタリティーが重視されます。食品事業における商社の関わり方は、パートナー企業を見つけて、JVを作ることです。したがって、常に世界中の食品事業会社に向けてアンテナを張っていますね。
だから私の仕事のメインは、「ビジネス全体のスキームを作る」「JVを作る対象となる現地企業と交渉し、JVを成立させる」ことです。
ーー入社して良かった点はありますか。
高橋:良かったところは、同僚に優秀な者が多いことですね。おかげでかなり成長できたと思います。
ーー入社してどんな点が成長できましたか。
高橋:地頭、メンタリティー、投資や交渉の仕方などを磨くことができたと思います。また、投資の面白さを知り、ファイナンスのスキルを得たことも非常によかったです。
加えて、「物事の着地点から見て、逆算的に戦略を組み立てる考え方」を、非常に意識するようになりました。商社で働いている人は、みんなこの考え方をしているように思えますね。これは、ビジネスパーソンとしてどこに行っても生きるスキルだと思います。
ーー入社して良くなかった点はありますか。
高橋:歯がゆいと感じるのは、パートナーありきでしかビジネスが成り立たない点です。これは、商社全般に言えることだと思います。
ーー詳しく教えていただけますか。
高橋:事業会社にいたころは、自分たちが主役として戦っている気持ちがありました。しかし、商社においてはあくまでパートナー企業が主役で、我々は脇役になります。
商社の商売は、パートナー企業自身でグローバルに出ていってしまうと成り立たないのです。この歯がゆい思いは、他の商社でも皆思っているのではないでしょうか。これからは商社も自分たちが主役になることが必要になると思います。
ーー貴社が主導権を握っている事業はないのでしょうか。
高橋:部署によっては主導権を握っている事業ももちろんあります。しかし、私がいる部署は脇役である事業が多いですね。長らく世界的な食品メーカーと良いお付き合いをさせていただいており、今のところは販売代理店業務で利益を上げています。しかし、どう転んでも我々はメーカーにはなれません。
仮にメーカーが販売店代理業務まですべて手掛けたらと思うと怖いですね。これが、事業の主体を持っていない弱みでしょう。「手に職をつける」という意識が感じられないことに、今は違和感があります。
また意思決定にかかる時間が非常に増えたことも、歯がゆさを感じる一因です
ーー意思決定スピードはどのように変わりましたか。
高橋:前職の食品メーカーは、事業主体なので自ら決定権を持っています。また、立場が強いので自ら交渉もできます。加えて会社の人数が少なく、実は総合職は会社全体で500~600人しかいませんでした。だから、基本的にスピーディに仕事を進められましたね。
一方で、現在所属している総合商社には、総合職だけで約6,000人います。もちろん強みもあります。人数が多いから、自社で財務やリスクマネジメントのチェックができます。
総合商社を志望する人は、以上のようなメリットとデメリットを考えた上で、挑んでみてください。