「ゾンビみたいな会社にはしない」。“命を燃やす”覚悟で生まれた筑波大発ベンチャーの波乱に満ちた歴史と未来

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「日本発のサービスで世界をより良くする」。志を同じくし、アパートの一室で2012年にBearTailを立ち上げた筑波大学の同級生たち。現在に至る道のりは決して平坦ではなかったという。起業間もない頃に経験した炎上事件に資金難、そして組織拡大を目指す中で起きた社員の大量離職…。共同創業者の黒﨑賢一氏、西平基志氏、原澤友輝氏に、創業からこれまでの8年を振り返ってもらった。

(社名は2020年12月にBearTailからBEARTAILに変更されました)

〈Profile〉
写真中央/黒﨑 賢一(くろさき・けんいち)
株式会社BEARTAIL CEO(最高経営責任者)
1991年生まれ。私立武蔵高校在学中から「CNET Japan」などIT系メディアでテクニカルライターとして執筆活動を行う。筑波大学情報学群に進学後、一人暮らしの家計簿作りで苦戦したことから家計簿アプリ「Dr.Wallet」の開発を始め、在学中の2012年にBearTailを共同創業。2016年には法人向けサービス「Dr.経費精算」をリリースした。
同左/西平 基志(にしひら・もとし)
株式会社BEARTAIL CTO(最高技術責任者)
滋賀県立膳所高校卒業後、筑波大学情報学群入学。画像処理分野において、Twitter上のソーシャルグラフを3Dで可視化する研究などに携わる。2012年にBearTailを共同創業、CTO就任。
同右/原澤 友輝(はらさわ・ともき)
株式会社BEARTAIL CIO(最高情報責任者)
埼玉県立大宮高校卒業後、筑波大学情報学群入学。在学中、アルバイトにて法人向け業務ウェブサービスの開発などを経験する。2012年にBearTailを共同創業、CIO就任。

当初の起業アイデアは遺言サービス。「会社にしようという思いはまったくなかった」

――3人が出会ったときのことを伺いたいです。

西平:僕たち3人は大学の同級生なんです。当時50人くらいの学科で、いつも同じ教室で授業を受けていました。

黒﨑:西平さんは大学に入学してから本格的にプログラミングをやり始めたんですよね。

西平:そうですね。ウェブサイトなどは小学生のときから作っていたんですけど、大学に入ったころはそこまでギークな人間ではありませんでした。

黒﨑:そんな人が、ゼミでは3DCGでTwitter上の情報を可視化するプログラムを発表していて、純粋に「すごいな」と感じたのを覚えています。原澤さんは当時、工事関連のシステムを作っていましたよね。

原澤:はい。アルバイト先の会社で「修繕など工事の見積もりを取る際のワークフローをシステム化してほしい」と言われて、日々コードを書きまくっていました。

黒﨑:もともとはみんな興味や関心が違うんですよ。僕は当時IT系メディアのライターをしていて、授業中にもこっそり記事を書いていました(笑)。そんな3人だったので、プライベートで仲がいいというわけでもなかったですね。 description

原澤:僕と西平さんは寮が一緒だったけど、共用部分で会えば時々話す程度でしたね。付き合いが深くなったのは、一緒にサービスを作るようになってからです。

西平:黒﨑さんが「一緒にサービスを作らないか」と誘ってくれて、そこからしょっちゅう絡むようになったんですよね。

黒﨑:原澤さんはすでにアルバイトでアプリなどを作っていたし、西平さんは経験が少ないと言いながらも、鋭い研究発表をしていました。すごい人たちだと思って誘ったんです。

原澤:もともと自分でもサービスを作りたいと思っていたので、すぐに誘いに乗りました。受託ではなく、プロダクトオーナーのような存在になりたいという思いがあったんです。

西平:僕も同じですね。プロダクトを作ってみたいと考えていたところに声がかかって。ただ当時は、会社を立ち上げるという重大な決定につながるなんて思ってもいませんでした。

――当初はどのようなサービスを考えていたのですか。

原澤:遺言に関するサービスですね。黒﨑さんは当時、人の死に関心を持っていて、「遺言を残しておいて、死後に家族へ見せられるサービス」のアイデアを持っていました。

黒﨑:祖父という身近な人が亡くなった影響があったと思います。

西平:最初は、遺言といわれてもピンと来なかったんですよね。でもその場でブレストをして、みんなでサービス開発を考えていく過程がとにかく楽しくて。「オンライン墓地」「自叙伝作成サービス」「葬儀会社マッチング」「SNSの“クリーニング”」など、いろいろなアイデアを出し合いました。 description

黒﨑:サービスを作ること自体を楽しんでいた一面がありますよね。会社にしようという思いはまったくなくて。

原澤:やりたいのはインパクトのあるサービスを作ることで、起業はその手段でしかなかった。いろいろな案が出た中で、実際に作っていったのは買い物を代行するサービスでした。黒﨑さんは当時から「無駄な時間を省いて、『時間革命』を起こす」と言っていましたね。

3LDKのオフィス兼住居で送った3人の共同生活。「朝起きたら仕事」の環境が「燃え尽きるまでやる」覚悟を生む

西平:なぜ会社にしようと思ったんでしたっけ? チャットツールで社名の案を出し合ったのは覚えているんですが。

黒﨑:買い物代行のサービスはECサイトにしていく予定だったので、法人格が有利だろうと思ったんです。社名がBearTailに決まって間もないころ、スタートアップがビジネスプランを発表し合うイベントに登壇し、その後法人を立ち上げました。

西平:イベントに登壇したのは黒﨑さんだけで、僕と原澤さんは普段通り大学に行っていたんですよね。黒﨑さんがどうプレゼンするのか、ハラハラしながらネットのイベント中継を見ていたのを覚えています。

黒﨑:イベントには70社がエントリーしていて、うち12社に自社サービスをプレゼンできる機会が与えられていました。僕たちは運よく審査を通過していて、プレゼンできたんですよね。そこから事業に対して、本気になっていきました。選ばれたことが自信につながり、「よし、やろう」という気持ちがどんどん強くなってきました。

――そんな創業当時を振り返って、印象に残っている出来事はありますか。

黒﨑:法人登記の際の住所は、当時僕が住んでいた1Kのアパートでした。そこにみんな集まっていたんです。

西平:夏休みの間はずっとそのアパートで開発に明け暮れていましたね。

原澤:作業スペースを作ったら狭くなって、黒﨑さんはいつも机の下で寝ていましたよね(笑)。授業以外の時間はいつも集まって、できることは全部やろうとしていたんです。だんだん形になり、実際に注文も入るようになって。

黒﨑:サイトを公開して注文の電話が入ったときは興奮しましたね。クレームの電話もありましたが。

原澤:どんな内容であれ、自分たちで作ったサービスへのレスポンスがあるのはうれしかったです。

黒﨑:その後はみんなで休学し、コストを抑えるために3LDKの物件をオフィスにして共同生活をしました。あの時期に互いのことをより深く知ることができた気がします。

原澤:個人的にはその頃に、BearTailに本気でコミットしようと考えるようになっていきました。今につながる「Dr.Wallet」の開発がスタートしたのも、あの3LDKの拠点でしたね。新しく始めるサービスに自分がどれだけ貢献できるのかというのを改めて考えるタイミングでした。朝起きたらみんながいるという生活の中で、BearTailに対する本気度がどんどん高まっていったのを覚えています。

ユーザーが増え、もはや学生の副業というレベルではなくなっていたし、休学した時点で就職活動することも考えなくなりました。この先、会社が続く限りやってやろうと思ったんです。自分の中では大きな転換点でしたね。 description

黒﨑:その頃から「日本発のサービスで、世界を制覇しよう」と話していましたよね。それは若気の至りなどではなく、今でも本気でそう思っているんですよ。

西平:覚えていますよ。「大きくなるのを諦めた成長も倒産もしない“ゾンビ”みたいなベンチャーにはしたくない、命と資金を燃やし尽くす覚悟でやろう」と話していましたよね。稼ぎの手段として会社をやるんじゃなくて、世の中を変える使命感を持ってやっていこうと。

社員が去っても死ななかったビジョン。組織崩壊でも辞めることは「一切考えなかった」

――起業後、大変な出来事も何度かあったのですよね。

黒﨑:創業間もないころにリリースしたあるサービスが、ネット上で盛大に炎上してしまって……。それが最初に訪れた危機です。

西平:休学を決めた翌月のことでしたね。回り始めていた買い物代行サービスも炎上をきっかけに畳んでしまい、マイナスからのスタートでした。そこから1カ月、一切コードを書かずに議論し続けてDr.Walletが生まれたんです。

原澤:資金難もありましたよね。

黒﨑:そうですね。Dr.Walletをリリースしたタイミングで資金が足りなくなりました。Dr.Walletのビジネスモデルは、ユーザーが増えれば家計簿情報を入力するオペレーターを増員しなければいけない、というもの。その経費が回らない可能性が出てきていました。

結果的には別事業の不動産ポータルサイトを500万円で売却することで切り抜け、その数カ月後には1億円を調達することができました。

原澤:当時、何とか踏みとどまって家計簿アプリに人力オペレーションを入れる仕組みを作ったことが今につながっているんですよね。あの経験があったから、その次の危機、2016年の社員大量離職も乗り越えられたのかもしれません。

――その2016年の時は、創業メンバー以外の社員がほぼ全員辞め「崩壊状態」だったと聞いています。西平さんと原澤さんは辞めようとは思わなかったのですか。

西平:自分たちで始めたことだから、最後まで責任を取らなきゃいけないと思っていました。炎上事件や資金難も乗り越えられたし、「なんとかやりきろう」と。

原澤:何よりも、黒﨑さんの「時間革命」というビジョンが一切ぶれていなかったのは大きいですね。人がみんな辞めても、ビジョンは死ななかった。だから「まだまだやれるんだ」と思っていました。

西平:確かに。「黒﨑さんが逃げるんじゃないか」という疑いがあれば、その時迷ったかもしれないけど、それは一切考えなかったですね。

世の中には、ある程度のレベルまで成長させたら会社を売り飛ばす前提で考えている経営者もいるかもしれません。それはそれで1つの考え方ですが、黒﨑さんはそういうタイプの人間ではないと知っているんです。

創業時に描いた理想に対し現状は「まだまだ」。残りの人生をかけて、どこまで到達できるか

――あらためて、西平さんと原澤さんから見た黒﨑さんはどんな存在でしょうか。

西平:サービスのことや会社のことをひたすら考え続けていますよね。結婚しても変わらないのはすごいと思います。学生のころよりは明らかに自由な時間が減っているはずだけど、BEARTAILに対するマインドシェアの割合は、以前とまったく変わっていないように見えるので。

原澤:黒﨑さんのベースは学生時代から変わっていませんね。破天荒で、たまに無茶なことをしてしまう人です(笑)。でも、そこがいいところだと思っています。純粋にビジョンと向き合い、手段などについて既成概念にはとらわれない。そこは変わらなくてもいいんじゃないでしょうか。

一方で変わったところがあるとすれば、2016年を機にちょっと“丸く”なったかもしれません。それまではすべてを自分で見て、コントロールしたいという欲求が強かったのかもしれない。社員の大量離職を経験してから、人に任せる範囲が広がっていると思います。

――BEARTAILのこれからの展望を伺いたいです。

黒﨑:創業初期に話していたように、まずは日本を代表するIT企業になりたいし、後世に残るプロダクトを作っていきたいです。もっと大きな理想を思い描いているので、あくまで直近の目標ですけれど。

西平:僕たちの会社や事業は、創業の頃に思い描いていた規模にはまったく届いていません。100人にも満たない組織だし、ユーザーの数もまだまだ少ない。進捗(しんちょく)率が非常に低いという状況の中、残りの人生の時間で、自分たちはどこまで到達できるかを本気で考えています。BEARTAILという社名に込めた「社会の道標になる」という思いを行動で示せるように、国内で圧倒的なシェアを誇るプロダクトにして、どんどん広げていきたいですね。

原澤:自分たちが作ったサービスを通じて人の役に立ちたい。その思いは変わりません。「豊かな時間」の定義は人それぞれだと思いますが、無駄な時間を削減することは誰にとっても価値になるはずです。その価値を僕たちの技術の力で最大化できるなら、こんなに素晴らしいことはないと思っています。 description


date_range 2021-01-14

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