その決断は、転職より重い。ハイキャリア人材が起業に動く時【キャリア転換の“深層” Vol.5 起業編】
2020/10/20
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道なき道を突き進む―。創業者としてゼロから事業や組織を作ることは、一介の会社員として経験する仕事とは、全く異なるもの。起業の決断は、時に転職と比べ物にならないほどの重さや“熱さ”を伴う。高給でステータスもあるプロフェッショナルファームを辞め起業するならば、なおのこと人生へのインパクトは大きい。

過去のLiigaコラムにおける印象的なコメントなどを振り返る連載「キャリア転換の“深層”」。結びとなる第5回では、ある意味究極のキャリアチェンジともいえる会社員→起業という選択に焦点を当てる。

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社内新規事業では物足りない。大手を離れ起業する理由

そもそも人はなぜ起業するのか。理由は星の数ほど存在すれど、Liigaにおける事例からはいくつかのパターンが見えてくる。

「ビジネスというのはバックエンドも含め、すべての部門がベクトルを合わせていなければうまく回らないのだと実感しました。社内起業では意思決定の影響範囲にも限界があるため、やはり自らがすべてを決めて、動かしていける会社を作るしかないと強烈に実感し、具体的なアクションを起こすことにしました」。

こう起業の原点を振り返るのは、コンサルティングファーム2社を経験した後、自らファームを興した方である。1社目で社内新規事業の限界を悟り、2社目で求めていた経験や人脈などを得た上で自社を立ち上げた。

会社員としての新規事業創出も起業家精神を要するが、管理部門などを含めあらゆる仕組みを作らねばならない起業とは、似て非なるものなのだという。

「『やりたいことをストレートに行うには、自分でファームを作ればいい』と考えるようになりました」。

こちらは、同じくコンサル大手2社に勤めてから起業した別の方の談。新たなコンサルティング手法を突き詰めるため、伝統的なアプローチが求められる大手ファームを離れ、新会社で勝負する道を選んだ。

これら2つの例は、比較的シンプルな起業ストーリーといえるかもしれない。大手が抱える既存の組織、事業、慣例などにある種の不自由さを覚え、気兼ねなくビジネス展開するため自分の“城”を築き上げる―。新興コンサルティングファームの多くが、このパターンで生まれている。

一方、以下のような創業パターンもある。

「なんで僕はNo.2になろうとしてたんだ、これでは同じことの繰り返しだと思って、転職を思いとどまり、自分で起業することを決意しました」。

こう語るのは、PEファンドで数百億円規模も含む多数の案件を成功させた後、ネクストステップとして起業に踏み切った方である。さまざまな選択肢がある中、人生におけるチャレンジの1つとして起業を選んだ側面が強い。

社会・経済と対峙しつつ重い意思決定を繰り返す起業家の仕事は、会社員の立場で働くのとは比べ物にならないほどの難しさを伴うだけに、能力ある人材の挑戦意欲をかき立てる。ゆえに、この方のように起業そのものを「人生におけるチャレンジの1つ」とする例は、少なくない。

「そもそもベンチャーを作りたいと思っていたため、それが達成できそうなのが投資銀行だと考えました」。

こちらの若手バンカーも将来挑戦したい目標を起業とし、資金調達やM&A関係の経験を得るべく商社から投資銀行部門(IBD)に移った。 description

「最初は“自分が欲しいサービスを作る”ことが目標でした」。

こちらの起業理由は、これまで述べてきた例とはいささか方向性が異なる。語り手は、大企業やベンチャーで採用責任者を務め、そこで感じた課題を基にHRベンチャーを立ち上げた30代の経営者。起業ストーリーとしては、最初に挙げた2例と同じく、分かりやすい。

多くの人を悩ませる課題があるにもかかわらず、そのニーズに応え得るサービスが世にない、だから自分で作る―。

特にITでさまざまな現実の社会課題を解決できるようになっている昨今、こうした起業パターンは多くあるように見える。

ユニークな起業理由として、以下の方の例も挙げておきたい。

「市場価値としても、コンサルをずっと続けてもこれだけ人数が増えているとコモディティ感あるよなぁ、と。それに比べて『海外で事業を立ち上げた人』は、圧倒的に少なくて、これから少子高齢化で海外に出ざるをえない日本企業のことを考えると、雇ってくれるところはどこかあるだろ、みたいな考えはありますね」。

コメントの主は、新興国で起業した30代の元外資系戦略コンサルタント。既に述べたように事業体を興すことは他に類を見ないほど“重い”体験になることが多いだけに、起業経験が人材としての市場価値を高めることは、確かである。

最初は名刺交換すらできない!? 創業初期は“壁”の連続

ところで、起業はゼロから1を創り出すだけに、時に困難の連続となる。Liigaコラムでも多くの起業家が、直面した“壁”と、その対処法を語っている。

「売り上げを増やすために商品数を急増させていたことで、実は利益構造が悪化していました。全体的な売り上げは伸びたものの、一つ一つの商品の利益や在庫消費サイクルは悪化しており、在庫管理コストも急増していました。こうしてキャッシュフローが急激に悪くなったのです。毎日倒産を覚悟し、1日1日を生きながらえて安堵するような、すごく苦しい時期でした」。

こちらは外資系メーカー在籍時に起業、その後独立し年商10億円近くまで自社を成長させている方による過去の失敗談。組織の効率化、分業化を進めた結果、ベンチャーならではの強みを失い倒産の危機に陥った。

事態を打開すべく採った施策が、徹底的な構造改革。

「役員報酬は全部カット、一時的に身内にお金を借りるなど、取り得る手段はすべて取ってどうにか資金を捻出しました。次に、取扱商品数を一気に減らしました。例えば売り上げも利益も多い商品だけを残し、売り上げは多いが利益が少ない商品はストップしました。こうして、とにかくキャッシュフローを改善しました」。

思い切った取り組みが功を奏し、この方は苦境を脱出。起業間もないころに重大な危機を経験したことで、大いに学んだという。

創業期の苦労という意味では、会社員時代とのギャップに悩まされる起業家も多い。

「アンラーニングが必要だと感じた点は、前職時代のように『1』言えば『10』動いてくれるような人ばかりではない現実を認識することです」。

こう話すのは日系IT大手、MBB(マッキンゼー・アンド・カンパニー、ボストン コンサルティング グループ、ベイン・アンド・カンパニー)の中の1社を経て起業した30代の経営者。名門コンサルティングファームはいわゆる「ハイパフォーマー」がそろう半面、同質性が高く、ITベンチャーのような人の多様性には乏しい。

「納期や品質について『期待通りにはできない』という前提で仕事を依頼し、チェックポイントを細かく増やすことで対応しています」と、この方は明かす。 description

「“看板”はありません。話を聞いていただく前に、そもそも名刺交換すら困難になります。まずはそこを突破する必要があります」。

冒頭2番目の例で紹介した大手コンサルティングファーム出身の起業家は、営業面での難しさを最大のギャップに挙げる。大手の社員なら当たり前のようにかざせる“看板”を失えば、総合的な営業力の低下は避けられない。その逆境を乗り越えゼロから顧客網を築き上げるには、たいてい並外れた努力や工夫を要することになる。

自分のリソースを使い切る、ストーリーを語り尽くす―。優秀な仲間を採るために

起業で成否の分かれ目になりやすいポイントとして、「仲間集め」についても触れておきたい。才気あふれる起業家といえども、“全能”であることはめったにない。重要ポスト、特に役員ポジションを有能な人材で固められるかは、事業や組織の浮沈を左右する。

「単に優秀だからといったふわっとしたスペックやキャリアではなく、具体的にどのようなスキルや思考を持つ人材が欲しいのか。そのことを自分がきっちりと理解していること。その上で、だからあなたが必要なんですよ、と。本気で口説く姿勢や想いが相手に伝わらないと、特に優秀な人は来てくれないことを、これまでの経験から感じています」。

人材確保の注意点についてこう語るのは、外資系戦略ファームでの最年少昇進などを経て20代で起業した若手経営者。2019年の創業以来、採用の難しさを体感しつつも、現在は戦略ファームやIT大手などの出身者に囲まれ、事業拡大を進めている。

「『リファラル』を意識しています。弊社のCTOはまさにリファラルで採用しました」。

こちらは前出の日系IT大手、MBBを経験して起業した方の談。初めはIT大手時代に同僚だったエンジニアを誘ったが断わられ、「であれば、自分より優秀だと思うエンジニアを紹介してくれないか」と頼み込んだ結果、現CTOと出会うことになった。

「『自分のリソースを使い切る、やれるべきことを全てやる』という意識が大事だと思います」と語るこの方は、今も前々職、前職で培った人脈を大切にしているという。

ベンチャーは一般には大手と比べ応募者が少なく、また採用に割ける労力も限られる。だからこそ募集が不要で比較的手間のかからないリファラルを有効活用する起業家は、多い。 description

「優秀な人を惹きつけるポイントも、自分たちの信じるストーリーを雄弁と語れることです」。

こちらは、既に本連載で幾度か登場している佐俣アンリ氏(=ANRI代表パートナー)のコメントである。同氏は、起業家が優秀な人材を確保するには自社の成長ストーリーを意欲的に発信すべきとし、その好例としてミラティブやメルカリの採用戦略を挙げる。

「ストーリーを語れないと良い人を採れない時代というか。ベンチャーの給与水準が全体的に上がり選択肢は増えているので、ストーリーが差別化要素になっているのかもしれません」と、同氏は推しはかる。

問題意識と行動力で激動の世を生き抜く

5回にわたり連載してきたシリーズ「キャリア転換の“深層”」の最終回では、Liigaコラムにおける起業家たちの足跡をたどった。初めに述べたように、起業は往々にして転職以上に重い決断を伴う。ゆえに起業を目指すならば、ここで挙げたさまざまな意思決定や経験から、学べることがあるのではないだろうか。

全5回の連載では、起業家をはじめとする若手ハイキャリア人材の事例を数多く取り上げてきた。その中で目立つのは、現状に満足しない問題意識と、未来を能動的に“獲り”にいく行動力。「コロナ禍」など幾多の要因で社会・経済が大きく変わる中、生き残る上でカギとなる要素かもしれない。

《連載「キャリア転換の“深層”」おわり》

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コラム作成者
Liiga編集部
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