シリコンバレーから若手エンジニアに告ぐ、国を越えて活躍するのに必要なこと【Treasure Data創業者・太田一樹さん】
2021/11/22
#海外で働きたい
#ベンチャー・IT業界研究

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ソフトウエアエンジニアとして、日本の枠から出て働く―。国籍などによらずIT系人材を渇望する企業が世界的に増える中、エンジニアが国を越えて働く機会は、“コロナ後”さらに膨らむ公算が大きい。ただ、特に国外では給与水準が高まる人気職なだけに、人材間の競争も激しさを増す。チャンスをつかんで採用され、かつグローバルな環境下で評価を得るには、どうすればいいか……。

今回、上のテーマで話を聞いたのは、Preferred Infrastructure(PFI=Preferred Networksの前身)でCTO(最高技術責任者)を務めた後、米国シリコンバレーでTreasure Dataを共同創業し、10年近くにわたり現地で経営に携わる太田一樹さん。技術面の“ディープ”な知見と豊富なグローバル経験を併せ持つ彼に、日本の若手エンジニアが国外で活躍するためのポイントを語ってもらった。

彼が強調したワードは、「オープンソース」と「顧客視点」。それらに込められた思いとは。【藤崎竜介】

〈Profile〉
太田一樹(おおた・かずき)
Treasure Data 共同創業者 CEO(最高経営責任者)。
1985年生まれ。東京大学大学院情報理工学系研究科修士課程修了。在学中の2006年にPFIへ参画し、CTOを務める。2011年にTreasure Dataを米国で共同創業し、CTOに就任。2021年6月からCEOを務める。
創業したTreasure Data は、CDP(顧客データ利用基盤)事業を米国、日本、英国などで展開し、日本でのシェアは首位(ITR Market View 2021より)。

◇「外資就活ドットコム」にも同じ内容の記事を掲載しています。


GAFAによる“エンジニアの囲い込み”で生まれる、海外挑戦のチャンス

――しばらく新型コロナウイルスによる制約がありましたが、大きな流れとしては外資企業の本社勤務など、日本人エンジニアが海外で活躍する機会は増えていると聞きます。そうした機会に挑むことは、本人にとってどんな意義があると考えますか。

太田:グローバルでインパクトを生むプロダクトを作りたいなら、一度は海外に出たほうがいいと思います。国内にずっといると意外と気づかないのですが、日本の市場って本当に小さいんです。BtoBで世界展開するIT企業という意味で、SalesforceやAdobeを例にとると、彼らの日本での売り上げは全体の1割程度。しかも、その日本市場は人口減少でさらに縮小する見込みです。

私自身、「大きな勝負」をするために、シリコンバレーで起業しました。その前にいたPFIは創業後5~6年で30~40人くらいの組織になったのに対し、当時創業者と付き合いがあったシリコンバレー発企業のClouderaは、3~4年で500人くらいにまで拡大していたんです。スピード感が、違います。

一度の人生なので、規模とスピードが圧倒的な場で挑戦したい、と思ってPFIを辞め、日本を出た感じですね。

――日本のエンジニアによる海外挑戦の機会が、実際に広がっている印象はありますか。

太田:そうですね。最近は米国西海岸にいるエンジニアをGAFAが囲い込んでいるので、現地のスタートアップは世界中から人材を集めています。米国の外からリモートで参画するケースも多いですね。

――物理的にシリコンバレーにいなくても、現地企業で働ける道があるわけですね。

太田:ええ。コロナの影響もあり、ロケーションにかかわらず才能を発揮できるようになっています。

――現地企業は総じて、高水準の報酬を提示してエンジニアを採用していると聞きます。

太田:そうですね。その点、日本企業との違いは大きいですね。最近では中国やインドの企業もかなり良い待遇を打ち出していますし、日本でソフトウエアエンジニアの平均給与があまり伸びていないのは気になります。
description ◆インタビューはオンラインで実施

若手が鍛えるべきはソフトスキルと語学力。技術水準は「海外に全く負けていない」

――グローバルで人材が動く中、エンジニアとして評価されるようになるため、学生や若手社会人はどんな経験を積むべきだと考えますか。

太田:今はオープンソースが百花繚乱(ひゃっかりょうらん)ともいえる状況です。世界中でさまざまなオープンソースの開発プロジェクトが動いているので、興味が湧くものがあれば、積極的にコントリビュート(コードやドキュメントを書くことなどによって協力すること)すべきでしょうね。

特にグローバルなオープンソースプロジェクトでの経験がある人は、採用に携わる立場からすると、魅力的に映ります。

――太田さん自身も学生時代から、いくつかのオープンソース活動に携わってきたそうですね。「Apache Hadoop」(*1)のプロジェクトでは日本のコミュニティーの中心を担ったと聞きます。
*1 2006年に公開された大規模データを分散処理できるソフトウエアフレームワーク

太田:国内外にいる、さまざまな人たちを取りまとめるのが役目でした。コードを書くだけじゃなくて、プロジェクトを「前に進めること」が求められましたね。例えば、メンバーに対してコントリビュートを促したり、新機能を作る際に必要性を理解してもらうべく説得したりとか。

いわゆる、ソフトスキルが磨かれたと思います。

それにHadoopの時はコミュニティーの規模が3000人くらいまで膨らんだので、普通の学生だと得られないような人脈ができました。

参考コラム:太田さんのこれまで~PFIのCTOに始まり、今は米国西海岸でCEO~

太田さんのキャリアの始まりは東京大学在学中、20歳前後だった2006年にさかのぼる。3歳年上の西川徹さん(現Preferred Networks社長)らが同大学で立ち上げたPFIに参画。自身を含めACM国際大学対抗プログラミングコンテスト(ACM-ICPC)世界大会の出場者が複数いるなど“強者ぞろい”の中、CTOとして開発をリードした。

そのかたわらデータ分散処理フレームワークのHadoopと出合ったことが、運命を変えた。Hadoopの将来性に魅せられた太田さんは、そのオープンソース活動に傾倒。2000年代後半以降、記事執筆やコミュニティー活動を通じ、Hadoopユーザーの間で名が知られるようになっていった。

2011年に創業したTreasure Dataも、原点はHadoopにある。コミュニティー活動を通じて、共同創業者で初代CEOの芳川裕誠さんとの交流がスタート。そしてHadoopユーザーらが抱える課題を解決すべく、PFI時代に出会ったエンジニアの古橋貞之さんを加えた3人で、同社を立ち上げた。

2018年に同社を英国半導体大手のArmが買収して以降、Armのデータビジネスユニット でVP of Technologyなどを担当。そして2021年6月にTreasure DataのCEOに就き、経営の第一線に舞い戻った。
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(以下、インタビューの続き) 太田:それから、日本人のエンジニアだと、どうしても言語面が弱点になりがちです。英語はできるだけ早い段階で習得しておいたほうがいいでしょうね。私自身、学生時代にもっと英語を勉強しておけばよかったと思います。

――太田さんは学生時代からオープンソースの活動などで海外と交流があり、その後米国での起業に踏み切っています。もともと英語が得意だったのかと思っていました。

太田:いえ。その点でいうと私は失敗しています。Treasure Dataを立ち上げた時点ではまだあまりしゃべれず、苦労もしました。オープンソースの活動の時は、メールなどの非同期コミュニケーションが中心だったのでよかったのですが……。起業してしばらくは、ほぼ毎日1.5時間は英語のレッスンを受けていましたね。

――言語面の苦労をあまり感じなくなったのは、いつくらいの時期でしたか。

太田:起業の2~3年後ですね。それでようやくシリコンバレーが“ホーム”になった感じです。

――オープンソースと語学。海外に興味を持つ情報系の10~20代が取り組むべきこととしては、この2つが大きいでしょうか。

太田:学生なら特にそうでしょうね。その2つは、ある程度まとまった時間が必要ですし。

――プログラミングなどの技術面を高めることより重要ですか。

太田:技術は、ソフトウエアエンジニアとして就職したら否が応でも身につきます。時には技術トレンドや所属先のビジネスの事情によって「学ばざるを得ない状況」になったりとか……。なので学生に対してなら、ソフトスキルの部分や語学面を磨くことを勧めたいですね。

そもそも技術のレベルでは、日本のエンジニアは海外の人たちに全く負けていないと思いますし。

シリコンバレー企業はスケールを重視するから、「人」より「仕組み」

――海外勤務のチャンスを得られた場合、気をつけたほうがいいのはどんなことでしょうか。

太田:日本で当然なことが、「実は当然じゃない」なんていうことが結構あるので、そこは意識したほうがいいと思います。私自身、いくつかの点でunlearn(既有の知識や固定観念を意識的に捨てること)が必要でした。

――例えばどんなことでしょうか。

太田:大きいのが、就業観のギャップです。日本人は「少なくとも3年は同じ会社で働く」みたいな考え方をしがちですが、こっちだと2年在籍したら長いほうになると思います。

――人の流動性は、かなり違うようですね。

太田:はい。いろいろな人が「次から次へと入ってきては出ていく」みたいな感じなので、個人の力も重要なのですが、それ以上に組織としての仕組みが大事になります。

――個人より組織というと、少し意外な感じもします。

太田:日本の組織だと役割分担に曖昧さが残っていて、担当外の仕事を「“拾って”自分のものにする」みたいなケースが結構ありますよね。一方、欧米文化の職場だと、そういうことはあまりできません。人が頻繁に入れ替わる中で担当範囲が曖昧になっていると、組織はうまく回りませんから。

どちらが良い、悪いはありませんが、欧米型のほうが属人化しにくく、組織・事業のスケールもしやすくなります。そして、特にシリコンバレー発の企業はスケールすることをすごく重視します。

徹夜で開発しても使われなければ“害悪”に……サブスク時代でエンジニアに求められる「顧客視点」

――現地で長らく経営に携わる立場から見て、今はどんなエンジニアが高く評価されると考えますか。

太田:クラウドにせよSaaSにせよ便利なツールがどんどん出てきた結果、プロダクトを形にすること自体は、前よりかなり簡単になっています。一方で「どんなプロダクトなら本当の意味で役に立つか」は、今も作り手が深く考えないといけません。

なので優れたエンジニアというのは、所属先のビジネスの構造を理解した上で、顧客の課題はどこにあってプロダクトはそれをどのように解決しているか、その過程で自分はどんな役割を果たしているかを、意識できる人だと思います。

そのように、自分の作るものが顧客に届いて機能するまでの道筋が見えているエンジニアなら、いいコードが書けて、必然的にどこにいっても高く評価されるはずです。

要は「顧客視点」を持つ、ということですね。

――顧客視点を持つ……少し詳しく聞かせてください。

太田:要はoutput(生産高)以上にoutcome(成果)を意識することだと思っています。大事なのは多くの開発をすることではなく、作ったものが多くの人に使われて多くの成果を生むことですから。

極論ですが、寝転がりながら働いていても、顧客がすごくもうかるシステムを作れたなら、最高に優れたエンジニアだといえます。逆に寝る間を惜しんでがんばっても、出来上がるのが「使われない」プロダクトなら、それは害悪とすらいえるのではないでしょうか。

これには、グローバルでのIT産業の変化も影響しています。かつてはライセンスを売って終わりというビジネスモデルが主流でしたが、ここ数年でサブスクリプションの形態が増えてきました。顧客に「使い続けてもらう」ことがすごく大事で、それができるかはエンジニアの顧客視点によるところが大きいと思います。
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コンピューターサイエンスの基礎は、20~30年“腐らない”財産になる

――なるほど。ところで経営者ではない一エンジニアでも、例えばサブスクへのシフトみたいな大きな潮流を注視するべきでしょうか。

太田:そう思います。将来的に伸びない分野に力を注いだとしたら、その人の技術力が高くても世の中に対してインパクトは生まれないですし。

例えば米国だと今、FinTechやSaaSに関連する市場が急拡大しています。ESG(*2)関連のビジネスも、勢いがありますね。こうしたトレンドを意識しつつ、個人として成長できる環境を選ぶようにしていけば、いいキャリアになるのではないでしょうか。
*2 環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)

――エンジニアが成長できる環境とは。

太田:具体的な条件は人によって異なりますが、1ついえるのはout of comfort zone(心地よい領域の外側)ということですね。心地よいということは、既にある程度分かっている領域ということなので、チャレンジの余地は限られます。その領域にとどまり続けず、自分の力量からすると「背伸び」が必要な環境に飛び込んでいくことが、すごく大事だと思います。

――海外に出ることは、comfort zoneの外に行く「背伸び」の一つでしょうね。最後に、英語以外で10~20代が学んだほうがいいことがあれば、教えてください。

太田:若いうちに、コンピューターサイエンスを体系的に学んでおいたほうがいいと思います。アルゴリズム、ハードウエア、CPUなどの基礎的な仕組みについてです。そうしたコンピューターの基本原理が分かっていると、新しい技術が出てきた時に「これはこの領域の技術で、この部分が革新的なんだ」といった感じで、頭の中でおおまかにマッピングできるんです。

それができると、どんな技術が現れてもキャッチアップしやすくなります。

私は幸い、学生時代にコンピューターサイエンスを学ぶ機会に恵まれました。結果、少なくとも20~30年は“腐らない”本質的な知識を得られたと思っています。

コラム作成者
Liiga編集部
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