「Quora日本語版のトップライターになってしまった」。プロダクトへの愛で引き受けた日本第一号
2020/10/28
#「日本第一号」たちの未来志向
#ベンチャー・IT業界研究
#外資系IT企業の仕事内容

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特集「『日本第一号』たちの未来志向」第3回の主役は江島健太郎さん。江島さんは、シリコンバレー発・世界最大級の知識共有プラットフォーム「Quora」運営会社の日本第一号社員だ。過去に日本企業の米国進出担当や、米国での起業も経験している江島さん。そんな彼に「日本第一号」のオファーが届いたのは、Quora日本語版のトップライターになったからだという。【南部香織】

〈Profile〉
江島健太郎(えじま・けんたろう)
米Quora社 エバンジェリスト。
京都大学工学部卒業後、日本オラクルに新卒入社。インフォテリア(現アステリア)に転職し、⽶国進出のためシリコンバレーへ。その後、パンカクに参画し、iPhone無料アプリ総合ランキングで⽶国トップ5⼊り、3年で3,000万ユーザーを獲得する。ニューヨークにてEast Meet Eastの創業者兼CTO(最高技術責任者)として起業し、のち帰国。2018年12月から、⽶Quora社のエバンジェリストとして⽇本進出を担当している。




 

最初は断った。起業経験があったので、他の会社で働くのに抵抗があった

――Quora社の日本進出を担当することになった経緯を教えてください。

江島:大学を卒業後、キャリアの大半をエンジニアとして活動してきて、アメリカでは起業もしていました。しかし、そのあと家族が病気になりまして。日本に帰ることになり、仕事ができない時期があったんです。

その間に集めた医学や健康に関する知識を生かせる場がないかと探していました。ちょうどQuoraの日本語版がローンチしたばかりのころで、誰かの役に立つかもしれないと思って、投稿することにしたんです。

熱心に活動していたら、Quora日本語版の中でトップライターの一人になってしまいました。投稿された回答には他のユーザーから「高評価」というものがつけられるのですが、私の回答に高評価をいただくことが多く、合計閲覧数がトップレベルになったということです。

それがQuora社の人の目に留まり、私が以前シリコンバレーでソフトウェアエンジニアをやっていたということもあって、声をかけてもらったという流れです。

――お話を聞いたときどう思いましたか。

江島:実は最初はお断りしたんです。そういう活動をすることは頭になかったですし、私もスタートアップのファウンダーだったこともあるわけで、日本の第一号社員とはいえ、他の会社のために働くということに抵抗がなかったかといえばうそになります。

――最終的に引き受けた理由は何だったのでしょう。

江島:率直に申し上げて、プロダクトに対して愛があったからです。自分でもスタートアップで新しいサービスを作っていたので、プロダクトに関わる人たちの数字では測れなくともにじみ出る熱意を感じることができましたし、それこそが成功には欠かせないもの、という実感もありました。

だとするならば、これだけサービスを愛用している自分が日本進出を担当するのが、ベストなのかもしれないと考え、お引き受けすることにしました。

また、社会に大きなインパクトを残せると思ったことも大きいです。Quoraは2010年にローンチしたのですが、日本語版が出る前から知っていて、アメリカで生活する中で成長していく過程も見てきました。日本で同様のことができるといいなと思ったのです。 description

「肩書は自分で決めていい」と言われ、“エバンジェリスト”に

――江島さんは「エバンジェリスト」という肩書ですが、どういった役割なのでしょう。

江島:エバンジェリストというのは「伝道師」という意味ですが、肩書は自分で決めていいと言われたので、これにしました。

エバンジェリストの役割は大きく3つあります。1つ目はその名の通り、Quoraの良さを伝える活動です。今回のように取材を受けるなどPRに加えて、ユーザーに直接連絡して「Taking Questions」(※)という自発的に質問を受け付ける機能を使っていただけるよう声を掛けたり、価値ある一次情報や経験をお持ちの専門家の方にQuoraを使っていただくといったことです。

2つ目は事業開発です。日本の市場は特殊で、企業間のパートナーシップによってサービスがどんどん広がっていくという側面があります。ですので、事業提携などを通してQuoraを広めていくという活動をしています。

3つ目は肩書の意味とは関係ないのですが、プロダクトマネージャーとしての仕事をしています。私のバックグラウンドはソフトウェアエンジニアですから、より早く、より多くのユーザーに使ってもらえるよう、プロダクトの改善部分を社内に向かって提案するという役割です。

――日本進出当初だからこそ、行った仕事はありましたか。

江島:初期は特にプラットフォームの信用性を高めるための活動が多かったです。例えばRubyというプログラミング言語を開発した、まつもとゆきひろさんに「Taking Questions」を使っていただけるよう声をかけました。

まつもとさんはソフトウェア業界では、おそらく世界で最も有名な日本人です。まつもとさんには当社の共同創業者のアダム・ディアンジェロとも会ってもらい、今ではかなりアクティブなユーザーとして活動していただいています。

※現在この機能は英語版以外では一時的に廃止されています。

ローカルに人を置いているのは日本とインドだけ。“例外”ゆえ、コミュニケーションで苦労

――日本第一号社員として苦労したことはありますか。

江島:実は、ローカルに人材を配置しているのは、日本とインドだけで、さらに日本にいる社員は今でも私だけなんです。当初ほとんどの社員は米・カリフォルニアのオフィスにいて、私のようなポジションは例外でした。

ですから、コミュニケ―ションに関しては難しい部分がありました。なにか相談事があっても、時差の問題ですぐには対応してもらえないこともありましたし、「このバグを直してほしい」というリクエストを送っても、たらい回しになって消えてしまったり……。

それを相手の気分を害さず前向きに取り組んでもらえるよう、もう一度うまくお願いするなど、気は遣っていました。

――外資系企業でもそういった部分は重要なのですね。

江島:外資系企業は実力主義で結果さえ出していれば、人間関係は問題にならないというイメージがあるかもしれませんが、そんなことはありません。

特にテックのスタートアップでは、上司にすごく気を遣います。反対するときは、日本以上に婉曲(えんきょく)に、相手の意見を否定しないように伝えないと、聞き入れてもらえなかったりしますね。 description Quora米国本社のオフィスの様子(写真:Quora社提供)

――これまでのキャリアで役に立った部分はどんなところでしょう。

江島:インターネットのプロダクトに携わってきた経験は役に経ったと思います。とにかく早くローンチして、結果を見て、またさらに改善していくというプロセスの部分ですね。

インターネットのプロダクトは思った通りの結果が出ないことが多いので、「自分の仮説や直感が、データを取ってみると違った」という経験に慣れていたことは大きいと思います。

6歳で始めた「立ちプログラミング」。そんな旺盛な好奇心があれば第一号に向いている

――海外企業が日本に進出するときの第一号社員として、重要なスキル、向いている性格はありますか。

江島:Quoraのようなコンシューマー向けのプロダクトの場合は、自分がユーザーであることは必須だと思います。

また、日本で全く知られていないプロダクトを自ら広めることを面白がることができるといいと思います。私自身にもそういった部分があるのですが、好奇心が旺盛で、新しいもの好き、そして物事の立ち上げフェーズが好きな人が向いているのではないでしょうか。

それから、自ら仮説を立て検証するというサイクルをつくり、何度もトライできる力も大事だと思います。「ガッツのある人」と言ってもいいかもしれません。

外資系企業の文化で生き残れる人という面も重要なので、キャリアのどこかで海外で働いていたり、外資系企業を経験しているほうがいいでしょうね。

――好奇心旺盛で、新しいもの好きだというのは幼いころからですか。

江島:そうですね。私は6歳の頃からプログラミングを始めました。親に「パソコンというものがあったら、自分でゲームがつくれるらしい」と言われたことがきっかけです。

家電量販店に陳列してあるパソコンに、雑誌に載っているコンピュータープログラムを写して打ち込み、さらにそれを自分なりに改良、次の週にまたその続きをやる、なんてことを繰り返していました。「立ちプログラミング」と呼んでいます。

3年ぐらいしたら親がパソコンを買ってくれました。そこからは自分でゲームをつくり、プログラムを雑誌に投稿していましたね。

――日本で働く、米国で働く、米国で起業するという経験をされていますが、その中でも外資系企業の日本第一号社員として働くことは他とどう違いますか。

江島:日本でサラリーマンとして働く場合は、皆さんイメージがしやすいと思います。

米国の文化の中で働く場合は結果を出すことが重要です。結果が出なければ人がどんどん入れ替わるので、出会いと別れのサイクルが非常に早くなります。厳しい条件の中を生き残っていく感覚がありました。

米国での起業は、それよりもさらに一歩進んで、明日会社がつぶれるかもしれないといったプレッシャーと隣り合わせです。自分で自分に給料を払えない時期があるといった別次元の苦労が出てくるので、一言では語りつくせない“地獄”もあります。

それに比べると、 外資系企業の日本第一号社員の場合、本社の企業文化に合わせなければいけないという面はあるものの、プレッシャーの程度や収入の安定性という面では恵まれているのではないでしょうか。そうした環境で、自分の裁量で全てを決められるのがよい点です。 description

ソーシャルメディアによる世の中の分断を解決したい

――Quoraに愛があったということですが、好きなところを教えてください。

江島:ソーシャルメディアの抱える課題を解決できる可能性があるところでしょうか。例えばTwitterは、一般人が情報発信するハードルを下げた一方で、似たような意見ばかりが目に入ってしまう構造があると思っています。

フォロワーが多い人の発言力が強く、仮にその内容が間違っていたとしても、反論を返信すると、叩かれることも多い。真に正しい内容の発言や、自分とは異なる意見が埋もれてしまうわけです。私はそれが、世の中に大きな分断を生み出しているのではないかと思っているんです。

QuoraはQ&Aというフォーマットなので、質問に対して全く異なる意見の回答が同列に並びます。政治に関する質問があったときに、例えば1番目に保守側の意見が、2番目にリベラル側の意見が載るといった具合です。ですので、両方の意見を見てバランスよく考えられるようになっています。

――フォロワーの多寡(たか)は関係ないのでしょうか。

江島:回答の質が良ければ、たとえフォロワーがゼロでも拡散される仕組みです。

個々の回答が持つ200数種類ぐらいの「シグナル」という要素をAIがチェックしていて、いい回答だと判断されるとだんだん上に表示されるようになっています。するとフィードに出る回数が増え、それを見た人が高評価を付けてまた上に上がるというサイクルができ、結果「バズる」という現象が、実際にかなり起きています。

――今後の目標を教えてください。

江島:Quora日本語版をほとんどの日本人が知る存在にしたいですね。例えば、あるキーワードで検索すると、Googleの1ページ目にQuoraが出てくるという状態です。これは英語版ではすでに起きていることです。

英語版では主要なキーワードで検索すると、大抵Quoraのページが上のほうに出てくるんです。大学生ぐらいならみんな、Quoraを知っているんですよね。日本語版も自分の手でそうなるようにしたいと思います。 description


【連載記事一覧】
【特集ページ】「日本第一号」たちの未来志向(全9回)
(1)ゴールドマンもUberも通過点。30代起業家が追い求めるのは、理屈よりも「ワクワク」の直感
(2)「海外の面白いサービスがいつ日本に来るかウオッチしていた」。東大時代から選択肢にあった「第一号」
(3)「Quora日本語版のトップライターになってしまった」。プロダクトへの愛で引き受けた日本第一号
(4)欲しいのは日本事業立ち上げで「何度も成功する自信」。Google卒業後、2度一号社員に挑む男の真意
(5)ヤフー日本法人第一号が繰り返す「興奮」と「飽き」。変わらぬ、事業立ち上げへの強い関心
(6)“無名”のフードデリバリーを支える、Twitter・Apple出身の31歳。大企業では「自分のもたらす影響力」に満足できなかった
(7)大手テレビ局員として抱いた「情報発信という特権」への違和感。TikTokに見出したメディアの未来
(8)自ら売り込んで日本第一号に。ゴールドマン出身の金融マンが燃やし続けた「ものづくり」への執念
(9)【解説】海外企業の見る景色。どこにある? 「日本第一号」になるチャンス

コラム作成者
Liiga編集部
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