水滴一つが命取り!?繊細さとスピード感が求められる仕事の実態とは。医薬事業に携わる現役商社マンにインタビュー
2017/05/28
#総合商社の若手は何をしているのか
#海外で働きたい

はじめに

今回は総合商社で海外勤務をしている方にインタビューを行いました。海外の駐在ではどのようなことをしているのでしょうか。現地に根差して戦う姿が印象的でした。

description

ヘルスケア業界に臨床ではなくビジネスの立場から貢献したくて商社を志望した

- 本日はよろしくお願いします。経歴を教えていただいてもよろしいでしょうか?

都内の薬学部を卒業し、薬剤師免許を取得した後、総合商社に入社しました。医薬品関連部署に配属後は、主に海外大手製薬会社向けの医薬品原料調達をはじめとする製造サポート業務を担当しました。

その後、並行して医療事業の新規開発チームに参加し、主に事業のパートナー候補の調査や協力体制の構築に注力しました。現在は欧州に駐在し、欧州製薬会社向けの製造サポート業務及び事業企画を担当しています。

- なぜ新卒で商社を志望したのでしょうか?

臨床とは異なる医療への関わ方に面白さを感じたからです。薬学部の主な就職先である薬局、病院はBtoCのビジネスモデルであり、主に患者さんと接しています。

一方で、総合商社は製薬会社を顧客としたBtoBのビジネスモデルであり、創薬と製薬に関わる川上からの川中部分で事業を展開します。患者さんとの距離は遠くなってしまいますが、その分ビジネスの規模やダイナミックさを感じることができると思い入社を決めました。

水滴1つが命取り!製薬の現場

- 医薬品の製造サポート業務を具体的に教えていただけますか?

医薬品は多くの化学合成を経て製造されます。そのため製薬会社は基礎原料や溶媒、反応剤、包装資材に至るまで、多くの原材料を調達しなければなりません。その調達をサポートしているのが我々商社になります。医薬品そのものを調達する場合もありますね。

調達に関しては、「高品質」「低コスト」な原材料を供給できるよう、世界中のサプライヤーから最適なものを提案するよう努力しています。

薬は人間の命に関わるものなので、原料の価格・納期・品質など、製薬企業の厳しい要求に応えるため、何度も電話会議や出張で交渉を重ね、認識のずれをなくし双方が納得したうえで仕事を進める必要があります。

例えば、ある医薬品を日本の製薬会社に輸入した際に、届いた商品に問題がないかを確認する試験(受入試験)の段階で、薬瓶にほんの1滴、液体が付いているのが見つかったとします。

その場合、①液滴は何なのか、②どの過程で発生したのか、③他の商品への影響は無いか、など事態を把握してからでなければ商品を市場に出すことができません。

即座にサプライヤー、商社、製薬会社を繋ぎ電話会議を実施、製造記録及び出荷判定試験、梱包形態、配送ルート、受入試験の方法などを確認、場合によっては我々が現地サプライヤーの工場まで行って詳細状況を聴取することもあります。

医薬品業界を知らない方からすれば、1滴の液滴は細かいことだと思われるかもしれませんが、その液滴が危険な物質であった場合病院で使用することはできません。また原因究明が遅れればそれだけ販売が遅れ、最終的には患者さんの命に関わることもあります。それだけ緻密さとスピード感の求められる重要な仕事をしていると考えています。

医療事業からドラッグストア経営まで。変わっていく商社のあり方

- 今後は売上額が大きい新薬は特許が切れ、安価なジェネリック医薬品に取って代わられると言われています。商社も対応を迫られているのでしょうか?

全世界売上額が1000億円以上の医薬品はブロックバスターと呼ばれており、既にそれら大型品目の特許切れは始まっています。以前は新薬向けの原料供給で稼いでいた商社ですが、ジェネリックの登場を見越してすでに戦略を転換しています。

今の収益源は、事業投資を除けば、ほとんどが新薬の原料供給からジェネリック医薬品の原料供給に取って代わられている状況ですね。しかし、ジェネリック医薬品もいずれピークを迎えます。今の商社の課題はむしろ、ジェネリック医薬品がピークを迎えた後にどのような戦略を立てて生き残るかですね。

一方で、新薬メーカーに関しても、患者数の多い薬はすでに開発の余地が少なく、生き残りをかけて各社得意な領域を絞って薬を製造する方向に進んでいます。製薬会社同士がお互いに自分の得意な領域の事業を譲り受ける事業交換や、オーファン・ドラッグと呼ばれる、患者の数が少なく治療法も確立されていない病気のための医薬品の製造がその一例です。

新薬、ジェネリック医薬品ともに厳しい局面を迎えるため、商社は医薬品ビジネスだけでなく医療事業や薬局事業に乗り出すなど、方向転換を求められています。

私が配属された医療事業に関する新規事業開発チームもその一環で、今まで手を伸ばしていなかった医療の領域に関して、ゼロから事業を考えようというものでした。

様々な人を巻き込み、協力体制を築くところに商社の新規事業の面白さがある

- どうして新規事業チームに配属されることになったのでしょうか?

私の主業務である医薬品の製造サポートという「医薬事業」は、最終的な顧客である患者さんとの距離があるため、どうしても患者視点が抜けがちになります。

一方で、薬学部時代に病院・薬局で経験した身としては、商社への入社動機と少し矛盾はしますが、やはり患者さんと関わる「医療事業」にも携わりたいと思っていました。

そのため、配属部署で「医療事業」を新規に検討するためのチームを発足するという話が出たときには、すぐに手を挙げました。

薬学部というバックグラウンドも評価され、主業務である医薬事業と平行して医療事業への配属が決まりました。私の部署は若手でも比較的自分自身で業務スケジュールを決められたため、平行して行うことができました。

- 新規事業開発チームでは、どのような業務をしたのでしょうか?

商社はモノやサービスを持っていないため、新規事業をするには基本的に「パートナー」が必要になります。そのため我々商社が中心となりビジネスモデルを描いていく際に、興味のある企業や大学関係者の方々を巻き込んでいきました。

市場調査、規制の確認、パートナー探しなどからスタートしなければならないので、私の持っていた人脈もフルに使い、大学時代の教授や他業界の友人へのヒアリングも行いました。展示会などで泥臭く名刺集めをしたり、大学の研究者達と意見交換したり、パートナー候補として幾つかベンチャーを訪問したりしました。

多様な人材を巻き込み、一つの目標に向かってチームを構築していくのは非常に面白かったですね。

海外で勝つため、日本であるという強みを活かす

- その後海外に駐在されていますが、現地ではどのようなことをされているのでしょうか?

基本的には日本で行っていた製造サポート業務と同じですが、今は新規顧客を増やすべく、今まで取引のなかった中規模の製薬会社や原料サプライヤーへのコンタクトを始めています。

日本では知名度の高い総合商社も、現地企業では認知されていないことは良くあり、電話をしてもすぐに切られてしまうこともしばしばあります。売り手、買い手それぞれの立場からアプローチしていますが、いずれにせよ「日本」という強みは欠かせません。

日本市場に進出したい原材料サプライヤーに対してはマーケティングや法規制対応のサポート、海外製薬会社に対してはユニークな日本の原材料のプロモーション、それらを商社の武器である世界中のネットワークを活かして取り進めるよう意識しています。

また、商談では専門的な質問も多いのですが、「帰って調べます」と言ったらその時点でビジネス相手とは見なされず、商談が終わってしまうので常に気が抜けないですね。正確な知識を提供できるよう、専門知識の勉強も継続して行っています。

- 日本では有名な総合商社も海外では、弱い立場になることもあるのですね。現地の方と仕事をする際に、他にはどのような点で苦労しましたか?

海外の企業は、日本のようにチームで仕事をしているというより、担当者個人が大きな役割と裁量権を持つ縦割りの組織が多いです。プライベートを重要視するライフスタイルも日本と異なる点だと感じます。

そのため先方が出張による多忙で不在だったり、バカンスに入ってしまっているなど、アポイントを取るのも一苦労です。実際、どうしても調整が付かず、北欧の取引先担当者と中間国の空港で面談したこともあります。

先方の転職も多いため、気づいたら担当者が変更になったというのもよくある話です。担当者が変更するとこれまで築いてきた信頼関係がなくなってしまいます。そのため、長期的な関係を作るのは難しく、初対面でも信頼され、関係構築できるような準備が必要です。

- 最終的なキャリアのゴールはありますでしょうか?

総合商社の医療・医薬への関わり方は制限がありません。私のいる会社でも、医薬品の製造サポートだけでなく、創薬支援から製薬会社経営、ドラックストアチェーン運営、健康保険組合向けITソリューション事業など、多方面に展開しています。

今後は、なるべくその多くを経験し、ヘルスケアに関わるバリューチェーンを俯瞰して見ることのできる人材を目指したいと考えています。その後は転職も視野に入れつつ、やはり新規事業開発に携わりたいです。

- 本日はありがとうございました。

おわりに

総合商社は時代とともにビジネスモデルを変化させ、新たな事業を生み出そうと日々試行錯誤しています。大規模な投資だけでなく、共同出資でベンチャーを設立することもあります。0から1を生み出し、今までに無かった価値を創造する、そんなダイナミックな経験ができる環境が、総合商社にはあります。

コラム作成者
Liiga編集部
Liigaは、「外資就活ドットコム」の姉妹サイトであり、現役プロフェッショナルのキャリア形成を支援するプラットフォームです。 独自の企画取材を通して、プロフェッショナルが必要とする情報をお伝えします。