日本企業はなぜシリコンバレーで勝てないのか。現地通が見た深刻な課題。Liiga主催「U30 Top career講座」Vol.1 講師:桑島浩彰氏
2019/11/02

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GoogleやFacebookといったTech大手や急成長中のスタートアップ企業が集まり、社会変革の中心地として世界中に影響を及ぼしているシリコンバレー。近年、チャンスをつかむべく現地へ進出する日本企業は増えているが、ビジネスを拡大できず苦戦するケースも多い。シリコンバレーでは今何が起きており、日本勢にとっての課題は何か。Liiga主催「U30 Top career講座」第1回では、三菱商事やドリームインキュベータなどでの経験を生かしつつカリフォルニア大学バークレー校や現地ベンチャーキャピタル(VC)のConductive Venturesで活躍する桑島浩彰氏を講師に招き、最新の状況を語ってもらった。

〈Profile〉
桑島浩彰(くわじま・ひろあき)
カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、Conductive Ventures勤務
東京大学経済学部卒業、ハーバード大学経営大学院および同ケネディ行政大学院修士(MBA/MPA)
三菱商事株式会社、ハーバード大学留学を経て、株式会社ドリームインキュベータ(DI)に入社。DIでは国内大企業のグローバル戦略立案及び実行支援に携わる。ベンチャー企業2社の経営に関わった後、2018年から現職。

「シリコンバレーは終わった」は誤り。産業集積が呼び込む“兆”単位の投資マネー

今日はシリコンバレーでイノベーションが起こり続けている理由と、私が日本企業に関して抱いている危機感についてお話したいと思います。

まず簡単に地理について紹介させてください。シリコンバレーは米国西海岸のベイエリアと呼ばれる地域の一部であり、正式な地名ではありません。サンフランシスコは、このベイエリアの北端ですね。一般にシリコンバレーと呼ばれているのは、サンフランシスコから車で60分くらい南に下った辺りで、GoogleやFacebookなど名だたる企業が本社を構えています。スタンフォード大学などがあり、学生も多いですね。

広義の「シリコンバレー・エコシステム」という意味では、TwitterやSalesforceなどの本社があるサンフランシスコも含みますが、それでも人口にすればせいぜい300万人くらい。この狭い地域でイノベーションが生まれ続けているのには、理由があります。

特徴の1つが、多種多様なプレイヤーが集結していることです。ITのほか、バイオ、医療、エンターテインメント関連の企業も多く、さらには資金供給するVCも多数存在します。単なるIT産業の集積地ではないことは、頭に入れておく必要があります。

加えて、最近では製造業も進出し始めています。トヨタ自動車のトヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)が有名ですね。モノづくりとソフトウェア産業の融合の象徴といえます。自動車といえば、Google、Uber、Teslaなどの自動運転技術は目を見張るものがあります。残念ながら、事故も起きていますが、フリーウェイ(高速道路)ならば相当高度な走行が実現しています。こういう状況を現地で日常的に目の当たりにしていると、「自動運転はまだ使えない」という一般的な日本人の感覚で大丈夫なのかと、正直思います。

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世界経済の中心地の1つであることは、数字にも表れています。シリコンバレーでのVC投資を見ると、昨今は2000年前後のITバブル期に匹敵する水準に達しています。「シリコンバレーは終わった」という人もいますが、明らかな誤りです。現在、米国全土で年にもよりますがおおよそ年間7-8兆円のVC投資があるのですが、そのうち3兆5000億円から4兆円くらいの投資が、先ほどご紹介した狭義のシリコンバレー内で行われています。圧倒的な“知”の集積が、今なお世界中の投資マネーを引き寄せている状況です。

最近だと大企業のCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)も数多く進出していますね。日本勢でいうとサイバーエージェント、楽天、デジタルガレージ、ヤマハなどが代表例です。

VC、エンジェル、そして元スタートアップの“巨人”たち…他地域をリードする6つの理由

さて、歴史を振り返るとシリコンバレーは元々、その名の通り半導体産業の集積地です。そこに1970年代以降AppleやOracleが出現し、1990年代から2000年代にかけ、インターネット系の企業が増えてきました。何が言いたいかというと、今世界中を席捲している企業の多くが、2000年代前半の時点で現地に集結していたということです。旧来のモノづくりが新たな産業に生まれ変わるという意味でも、この地域は世界の10-15年くらい先を行っていたわけです。

歴史の中で重要な役割を果たしてきたのが、VCです。今でこそ日本でもVCが増えていますが、現地では約50年も前からVCによる投資が盛んでした。現地のVCは一旦投資するとビジネスパートナー、弁護士、その他専門家などを一挙に連れて来て、瞬く間に“つなぐ”ことで企業を急成長させます。そうやって5年足らずで数百億円以上の事業を作ることに、全力を注ぐ人たちです。シリコンバレーからユニコーン企業が多く出てくるのも偶然ではなく、そのような環境があるからに他なりません。

VCの存在以外でも、シリコンバレーでスタートアップが興隆している理由が、あと5つほどあります。

1つは、数多くの大企業が拠点を置いていることですね。ちなみに欧米の自動車メーカーは数百人単位の人を現地に置いているのですが、日本企業は数人だったりするので「大丈夫か?」と思ったりします。話を戻すと、この大企業とスタートアップが混ざり合っている環境は、シリコンバレーの大きな強みだと思います。スタートアップの最初の顧客が大企業ということも多く、そうなると一気にビジネスが広がります。

もう1つの理由は先ほど触れたVCに加え、エンジェル投資家の層が厚いことです。1000万-5000万円くらい出す人は山ほどいて、億単位も“普通”です。これは、他の地域との最大の違いかもしれません。エンジェルの多くがシリアルアントレプレナー(連続起業家)で、お金を出すだけではなくて皆スタートアップの良き助言者になることができます。

また、人材の多様性も特徴です。人口の3分の1以上が、移民もしくは移民の血を引いた人たちです。インド、韓国、台湾などにルーツを持つ人が多いですね。教育施設が充実し子育てしやすい点は、多様性を育む要素の1つといえます。

さらには、スタンフォード大学やNASAなど研究関連の拠点も集積しています。大学には企業が数百億円単位で寄付するほか、行政も支援に積極的です。これにより高いレベルが維持されています。

あとはGoogle、Facebook、Appleなど巨大化した“元スタートアップ”の存在でしょうか。例えばGoogleの人がスピンアウトして、その後事業をGoogleに売却して自身も古巣に戻るとか、そういうことがシリコンバレー内で絶えず繰り返されています。

こうした複数の理由により、産学官が絡むエコシステムが確立されているわけです。エコシステムの存在は、非常に大きいと思います。そして、日本企業がこの中に入り込むのは極めて難しいと言わざるを得ません。

「本社に確認します」はNG。下落し続ける日本企業の評判

日本企業の進出自体は増えています。多いのは、社長など経営層が「シリコンバレーに出ないとまずい」と危機感を覚え、“とりあえず”駐在員を置くパターンですね。派遣されるのは若手が多いのですが、たいていの場合、ほとんど何もできません。実は現地のエコシステムは結構閉鎖的で、何かしらのつながりや“突き抜けたもの”がないと、全く相手にされない世界です。それに、トップ数%のハイレベルな人材・技術が集まるだけに、厳しい競争にさらされます。下手をすると、「いないのと同じ」状況になりかねません。

もちろん、日本企業がエコシステムに全く入れていないわけではありません。例外の1つが、ソフトバンクの「ビジョン・ファンド」ですね。シリコンバレーで圧倒的な存在感を出し、完全に地位を確立しています。

ポイントは、本当の意味で現地に“入り込んだ”人を仲間にできるかです。それができないと、基本的に上手くいきません。日本企業は大多数ができていないので、苦戦しているというのが実情です。

そして多くの日本企業が犯しがちな誤りが、投資収益と事業シナジーのどちらを追い求めるか整理しないままで進出することです。目的が明確になっておらず、戦略性に乏しいので必然的に成功率は下がります。

それから、日本人は会社のネームバリューに頼る傾向にあるのですが、それだとシリコンバレーでは全く通用しません。その人が個人として「何をできるか」が、厳しく問われるからです。驚くほどギブアンドテイクが徹底されていて、相手にどんな価値をもたらせるかを明確化できていないと、関係を構築できません。

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付け加えると、日本の人は「本社に確認します」などと言って決定を先に延ばしがちですが、そのような態度はシリコンバレーでは嫌われます。現地のスタートアップは1週間くらいですごく前に進むのに、日本人は本社確認に当たり前のように1カ月ほどかけてしまうわけです。そういうことが幾度も繰り返され、積み重なって日本企業のイメージは残念ながら悪くなっています。

時間は少ないが挽回のチャンスはある。価値基準の変化に目を凝らせ

ここで強調しておきたいことは、シリコンバレーは働き方、考え方、スピード感などあらゆることが日本の常識と真逆ということです。日本の「変えなければいけないところ」を写し出す鏡みたいなものですね。私は常々、日本企業はどんどんシリコンバレーに進出すべきと主張しているのですが、これが理由の1つです。

現地でビジネスをすると、イノベーションや組織変革を起こす上で“邪魔なもの”が明確に見えるわけです。大企業でも個人でもそうなのですが、日本から現地に行くと毎日のように成長できます。そして、日本のGDPの成長が止まっている理由が、よく分かるはずです。

それから、現地だと価値の源泉が完全に変化していることも意識せざるを得ません。従来はモノづくりを起点に価値が生み出され、日本はその部分で強みを発揮してきました。しかし今はモノの価値がソフトウェアによってもたらされる時代になっており、その変化の震源地がシリコンバレーです。

したがって日本企業、特に製造業は価値の源泉がシフトしていることをしっかり理解し、ソフト中心の世界でモノづくりの強みを生かすことを意識しなければなりません。自動運転などでは日本が長けているハードウェアの信頼性が重要視されるので、まだチャンスがあります。ただ、のんびりとしてはいられません。“ガラケー”で圧倒的に強かったノキアがスマホの時代になって一気に弱体化したように、ビジネスの世界は数年でがらりと景色が変わります。繰り返しになりますが、現状は日本にとって相当厳しいことを認識すべきです。

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コラム作成者
Liiga編集部
Liigaは、「外資就活ドットコム」の姉妹サイトであり、現役プロフェッショナルのキャリア形成を支援するプラットフォームです。 独自の企画取材を通して、プロフェッショナルが必要とする情報をお伝えします。