筑波大発ベンチャーの大失敗と復活、そして「時間革命」を掲げる壮大なビジョン
2020/02/13
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月末になるたびに大量の領収証をにらみながら、非創造的な作業に追われる…。そんな、多くのビジネスパーソンを悩ませる経費精算業務を一変させたのがBearTailの法人向けサービス「Dr.経費精算」だ。スマートフォンのカメラで領収証を撮影すれば、オペレーターが情報を手入力してくれる。99%の入力精度を強みに、導入企業は増加。ITと人間の力を組み合わせた「ヒューマンコンピテーション」モデルはベンチャーキャピタル(VC)などからも注目を集め、2018年と2019年には計16億円におよぶ資金調達が実現した。さらなる成長が期待される同社だが、CEOの黒﨑賢一氏は「経費精算の会社ではない」と言い切る。合言葉は「時間革命で体感寿命を延ばす」。時間革命とは何か、そして組織崩壊の危機を乗り越えて確立した壮大なビジョンとは―。黒﨑氏に聞いた。

(掲載内容や商号は2020年の取材当時のものです。社名は2020年12月に変更されました)

〈Profile〉
黒﨑 賢一(くろさき・けんいち)
株式会社BearTail 代表取締役/CEO
1991年生まれ、東京都出身。高校在学中から「CNET Japan」などIT系メディアでテクニカルライターとして執筆活動を行う。筑波大学に進学後、一人暮らしの家計簿作りで苦戦したことから家計簿アプリ「Dr.Wallet」の開発を始め、在学中の2012年に研究室の仲間と共に株式会社BearTailを設立。2017年には法人向けサービス「Dr.経費精算」をリリースした。

「クルマはトヨタ、時間はBearTail」へ。投資家を惹きつける経費精算にとどまらない長期構想

「例えば、日本の自動車メーカーの代表格といえばトヨタを思い浮かべる人が多いと思います。同じように僕たちは『“時間メーカー”といえばBearTail』と言われるようになりたいんです」

黒﨑氏は企業理念に込めた想いをこう説明する。時間革命で体感寿命を延ばす―。それは、100年単位で実現していくビジョンなのだという。

「自分の0歳の娘がおばあちゃんになる時代に、真価を発揮できているサービス。そのくらい長期的に考えています」

では、時間メーカーとは何か。「今やっている経費精算の自動化によって、そこに費やしていた分の時間が新たに創出されます。同じくビジネスの領域で、今度は出張関連の業務も自動化し、より多くの時間を創ろうとしています。将来的には日常の消費活動など、コンシューマー領域でも時間創出に貢献したいと思っています」という。

「例えば、おいしいものを食べたいとか、髪を切りたいと考えた時に、僕たちはお店の予約をします。面倒ですよね。そうした予約作業の自動化も、考えているアプローチの1つです」と黒﨑氏は先を見据える。

経費精算、店の予約をはじめ、時間を消費するあらゆる作業から人間が解放される社会の実現。それがBearTailの提唱する「時間革命」だ。

まずは5年後をめどに、「経費精算と出張関連業務の自動化で国内トップ」になることを目指す。その先にイメージするのは「時間メーカー=BearTail」として広く認知される姿だ。それは、「自動車」のように「時間」が1つの産業分野として認められることを意味する。ユニークな事業構想は複数のVCから注目され、累計16億円の資金調達が実現した。

「想像を超えるような未来を語る僕たちのビジョンに対し、共感してくれる投資家が確実に増えていると感じています」と黒﨑氏は手ごたえを口にする。

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人間の脳をシステムに組み込む「ヒューマンコンピテーション」モデルで学生起業

そんなBearTailの起源は、黒﨑氏の大学時代にまでさかのぼる。

「研究室の発表会で、創業メンバーたちと出会いました。自分でプログラミングしてサービス開発をしている姿に感化されて、『一緒にプロダクトを作ろうよ』と声をかけました。起業そのものが目的だったわけでもなくて、自分のアイデアを実現したいという一心でしたね」

仲間たちとともに第1弾のプロダクトとして家計簿アプリ「Dr.Wallet」をリリースしたのは2013年8月、大学3年生の時だった。

Dr.Walletの特徴は、オンラインサービスでありながらも「人の力」を活用していること。家計簿情報をオペレーターが確認・入力することによって、データの正確性を確保する。「ヒューマンコンピテーション」と呼ばれ、名刺管理サービスのSansanなども採用するモデルだ。煩わしい家計簿の記録を効率化し、自由な時間を創る―。時間革命の概念は、当時から既に存在していた。

「ヒューマンコンピテーションのノウハウの蓄積は、今でも僕たちの強みの1つです。人間の脳を、関数としてシステムに組み込むという考え方ですね。それが当初からDr.Walletのコアになっていたし、Dr.経費精算においても大きな価値を発揮する基盤になりました」と黒﨑氏は説明する。

収益低迷…そして創業メンバー以外、全社員退職。どん底を経て始まったビジョンドリブン経営

ヒューマンコンピテーションの導入で先行したBearTailだが、これまでの道のりは順風満帆とは言い難い。

「Dr.Walletでは真の意味で役に立つサービスにしたいという想いから、ユーザーに対しては無課金を貫いていました。収入源は限られるのに人件費はかさむため、調達した資金もどんどん“溶けて”いく。収益化に苦しみ、VCに提示した計画とのギャップが大きくなって、厳しい指摘を受けていました」と黒﨑氏は創業当初を振り返る。

当時、社内で談笑しているメンバーがいると「何も成し遂げていないのに何を笑っているんだ」と、イライラすることも少なくなかった。

そして2016年、決定的な破局が訪れてしまう。約20人いた社員のうち、創業メンバーを除く全員が同時期に退職してしまったのだ。

「あれは本当に辛かったですね。でも、しょうがないとも思っていました。結果が出ていないし、出る気配もなかった。毎週のように人が辞めていき、自分の会社なのに行きたくなくなってしまった。精神的に追い込まれていたのだと思います」

それでも会社をたたまなかったのは、創業メンバーたちの言葉があったからだという。

「まだ俺たち、道半ばじゃない?」 「よくあるベンチャーのイベントの1つだよ」 「俺は辞めるつもりはないよ」

仲間たちの言葉は、身に染みた。それに、「時間を創ることが大きな価値になる」という確信は、決定的な挫折を経ても全く揺らがなかった。

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「それ以降ですね。短期的な成果ではなく、数百年のスパンで子孫の時代へ遺産を残していくことを本気で考えるようになったのは。たかが数年で偉大な事業ができるわけがない。長期目線を得られたのは、大きなショックを経験したからこそだと思います」と黒﨑氏は明かす。

もう1つの大きな変化は、「仲間を大切にする」ようになったことだった。苦しい時に共に踏ん張れる仲間の重要性を、痛感したからだ。社風はチームワーク重視になり、新たに入社した社員とのコミュニケーション量も増えていった。1on1や、従業員同士がフランクに理解し合うための場も導入した。

同時に黒﨑氏は、ビジョン・ミッション・バリューの意味を見つめ直して、言語化を進めた。「時間革命で体感寿命を延ばす」ことを実現するために、どんな状態の会社であることが必要なのか。今につながるビジョンドリブンな組織運営が始まった。

この再スタートは、BearTailの主力事業がBtoCからBtoBへと大きく転換する契機にもなった。

追い風となったのは、電子帳簿保存法の改正だ。2016年1月から、経費精算においてタイムスタンプ(時刻認証)があれば領収証の紙の原本は不要となり、企業は画像データだけで経費精算ができるようになった。これを好機として、Dr.Walletで培ったノウハウを基に生まれたのが「Dr.経費精算」だった。

大きな財産となったのが、ヒューマンコンピテーションの“肝”であり、社員が去った当時も残ってくれたパートやアルバイトのデータ入力オペレーターたちだ。

「レシートや領収証データの入力は在宅でできる仕事です。子育てや介護など個人的事情で社会との接点を持ちづらい人にも活躍してもらえます。ITは基本的に人の雇用を減らしていくものかもしれませんが、僕たちの事業では、誰かの時間を削減することで新たな雇用が生まれていくんです。面白いビジネスモデルだと思いませんか?」と黒﨑氏はほほ笑む。

この職場の価値は「面白い仕事を提供できる」こと。生まれ続ける新ポジション

再スタートして組織づくりを進めた結果、現在BearTailでは以前の倍となる40人強の社員が活躍する。新たに新卒採用も進め、2020年4月には60人を超える見込みだ。黒﨑氏は「長期的に事業を大きくしていく喜びを、共に追いかけられる人と仲間になりたいですね」とさらなる増員を見据える。

「僕たちが目指す世界は、数年単位で実現できるものではありません。できれば、一生一緒にやっていきたい。今の時代に経営者がそんなことを言うと気持ち悪がられてしまうかもしれませんが、率直な思いです」

一方で働く個人にとっては、「一つの場所に長く留まること」自体がリスクになりかねない時代でもある。だからこそ黒﨑氏は新しいバリューを提供し続けたいと考えている。

「報酬だけでなく、『面白い仕事』をバリューとして提供するようにしています。新しいポジションもどんどん生まれています」

例えばBearTailのカスタマーサクセスは、営業と開発の間に立ってプロダクトのロードマップを作る重要な役目を担う。顧客の声を集約してプロダクトの方向性を決めるポジションであり、コミュニケーション力や開発の知識に加え、将来を見通す力を身につけていくことも求められるという。

「アポ取り屋さん」的な位置づけになりがちなインサイドセールスも、BearTailでは違った意味合いを持つ。黒﨑氏がイメージするのは「フィールドセールスが行う商談の戦略を描く人」。大企業との取り引きも増えている中、商談を成功させるため顧客の社内人脈や意思決定フローを明らかにするなど、高い戦略性が求められるポジションだ。

足下、事業は好調に推移している。「Dr.経費精算」の利用企業数は毎年3倍近くのペースで増加。新規導入社数では、2021年に国内トップの経費精算サービスとなる目算だ。企業のバックオフィスを支える重要ツールとして定着し、簡単には解約されないという強みも持つ。

無論、黒﨑氏はそれだけで満足はしない。

「僕たちは経費精算だけをやりたいわけではありません。現状をマラソンに例えるなら、まだスタート前の段階。ズボンを履いたけど靴を履いていない感じですね。経費精算で圧倒的ナンバーワンになっても、時間革命を成し遂げたとは到底言えません。100年先、もしくは300年、500年先の未来へ向けて、偉大な事業をいくつも立ち上げていきたい。長期的に、壮大なプロジェクトを一緒に歩む志を持った仲間に集ってきてほしいです」と力を込める。

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コラム作成者
Liiga編集部
Liigaは、「外資就活ドットコム」の姉妹サイトであり、現役プロフェッショナルのキャリア形成を支援するプラットフォームです。 独自の企画取材を通して、プロフェッショナルが必要とする情報をお伝えします。