ママのMBA(1)  なぜ私は、ハーバードビジネススクールに通うことを育休中に決めたのか
2020/09/01
#海外大MBAに行く

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はじめまして、坂井華奈子(さかいかなこ)と申します。大学を卒業後、外資系コンサルティングファームに入社、育休中にMBA取得を決意し、現在、ハーバードビジネススクール(HBS)に通っています。

この連載では、HBSがどんなところでどんなことを学べるのか、HBSの雰囲気や授業の一端を皆様にお伝えできればと思います。

今回は、当初「子供が生まれたら専業主婦か、家庭優先でゆっくり仕事をしよう」と思っていた私がなぜMBA受験を決意したのか、どのように受験を乗り越え、最終的にHBSに行くことになったのかについて書きたいと思います。

〈Profile〉
坂井華奈子(さかい・かなこ)
東京大学経済学部経営学科卒業。外資系コンサルティングファームの東京支社に入社後、主にヘルスケア・消費財関連のプロジェクトに従事。入社3年目に第1子を出産。その後2年間の育休中にMBA受験をし、現在夫とともにハーバードビジネススクール(HBS)に在学中。子持ち夫婦でのHBS学生は他にいない中、育児・勉学・キャリアについて日々思いを巡らせている。ビジネスにおける女性の活躍促進に関する熱い気持ちを発信中。
▶Twitter:@KanamamaH
▶Blog:kanamom.com

※記事の内容は全て個人の見解であり、所属する組織・部門等を代表するものではありません。


【目次】
・本当に専業主婦になっていいの? 育休中に私がたどりついた答え
・息子のお昼寝時間30分にTOEFL対策。想像以上に勉強時間を捻出するのは大変だった
・MBAへの気持ち、家事分担、卒業してからのこと…。家族との話し合いは必須
・スクールビジットは絶対行ったほうがいい。数あるMBA校からHBSを選んだわけ
・まとめ

本当に専業主婦になっていいの? 育休中に私がたどりついた答え

父の海外駐在で18年間ヨーロッパの国々で過ごし、その間を専業主婦の母に育てられた私は、「将来自分も専業主婦になって、自分が大好きだった家庭を築くのだ」と漠然と思っていた。

そんな私が、育休中に毎日息子と楽しく過ごす中、MBA留学を考え始めた。いや、「再度」考え始めたという方が正しいだろう。

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新卒の時、会社を選ぶ軸の一つに「海外留学を支援してくれる会社」というものを入れていた。海外で育ってきたこともあり、社会人になったらもう一度海外に出たいという気持ちが元々強かったのだ。

また仕事を経験した上で、再度学ぶことに価値があるとも思っていた。しかし実際に仕事が始まると、日々の業務に加え、1年目で結婚、そして翌年には妊娠、そして2017年に第1子の出産とライフイベントが続く中で、「MBA留学」は頭の中からすっかりと消え去っていた。

再び「MBA留学」というワードが登場したのは育休を取り始めた約半年後。夫が突然「国内でMBAを取ろうかな」と言い出した時だ。

その頃、私は育児を心から楽しみ、家族にだけエネルギーを割ける日々に幸せを感じていた。しかし専業主婦になるという選択が本当に自分にとってベストなのか、「どこかで後悔するかもしれない」という恐怖も同時に感じていた。

そして復職するのであれば、そもそも今後どのようなキャリアを築いていきたいのか、自分は何にパッションがあるのか、どんな人間になりたいのか、どんな人生を送りたいのか、様々な不安や疑問を持ち始めるようになったのである。

そして何より、育児とキャリアの両方を自分の納得いく形で両立していくことができるのかが不安だった。

その不安の原因は、突き詰めれば、「キャリアと育児の両立が非常に難しい社会」の中で生きていくことだと気がついた。そうなのであれば、自分自身がこの社会を変えていけばいいという前向きな気持ちと、自分には専業主婦になる前にやらなければならないことがあるという使命感を持つようになった。

そして自分自身のキャリアパスについて考えると同時に、働く女性・働く親にとって優しい社会を実現するにはどうすればいいのかを探す上で、いい経験になるかもしれないと思い、MBA留学を決意した。

息子のお昼寝時間30分にTOEFL対策。想像以上に勉強時間を捻出するのは大変だった

いざ留学準備にとりかかってみると、子育てとの両立というハードルが生じた。当時は育休中で、息子は保育園にも入っておらず、夫は外資系コンサルティングファーム勤めで激務だったため、基本的にワンオペ状態。その中でいかに留学準備の時間を捻出するかが問題になった。

「せっかくの育休中。子供と過ごす時間はなるべく削りたくない」という気持ちから、「息子が起きている時間は必ず息子に100%時間を使う」というルールを自分に課し、まずはできる範囲内で勉強時間を捻出することを試みた。

米国MBA出願のために必要なのは、大きなものでTOEFL、GMAT、エッセイ、推薦状、レジュメ。そして書類審査が通ればインタビュー対策も必要となる。

私が目指していたTOEFLの点数は110点以上、GMATは700点以上。それを達成するために、息子がお昼寝する30分×1日×2回はTOEFLのスピーキングの練習、夜に就寝する午後9時から12時くらいまではGMATの勉強と、隙間時間を見つけては留学準備に時間を注いだ。

もちろん日中はずっと息子の世話をしているため、自分だけで静かにゆっくりする時間など一切なかったと思う。 大学は帰国子女枠での受験だったためTOEFLはそのころに一度勉強していた。そのおかげで、この勉強量でなんとか目標スコアを達成。しかし、GMATは独学では目標達成は難しいことに気が付き、専門の塾に通う必要があると思い始めた。

しかし、塾は平日午後7~10時、もしくは休日の午前か午後というスケジュールになっており、始めに自分に課した息子との時間を削らないというルールを守ることは現実的ではなくなってくる。かつ、自分自身だけの力では子育てしながらMBA留学に行くこと自体難しいことも悟った。 description

MBAへの気持ち、家事分担、卒業してからのこと…。家族との話し合いは必須

そこで、まずは自分自身の中で、息子と過ごす時間を削ってでもMBAに行きたいのかを再度熟考した。

短期的な視野で考えると、育休中に息子と過ごせる貴重な時間を大切にしたいという気持ちが強かった。しかし、長期的な視野で考えた時に、「あの時やっぱり行っておけばよかった」と後悔するのではないか、MBAを経験することがその後の人生を変えてくれるのではないか、頑張っている母親の姿を見せることは息子にとってもプラスなのではないかと考え、やはり行きたいと再認識した。

そこから夫と「本当に夫婦そろってMBAに行くべきか」について再度話し合った。具体的に話し合ったのは以下のこと。

・夫に早めに帰宅してもらったり、休日息子を一人で見てもらったり、子育てにもっと参加してもらう必要があること。 ・実際に留学に行ったら、家事・育児などは全て半々で分担していく必要があるが覚悟はあるのか。 ・またMBA卒業後もフルタイムで働くことになるが、家族としてそれがありたい姿なのか。

そして話し合った結果、夫婦で協力し合って子育てをしっかりしながらMBAを目指すということを再度認識できたことは、受験を乗り切ることだけでなく、今ボストンで生活する中でも非常に重要なステップだったと感じている。

このような内容を嫌がらずに真剣に話し合い、かつ彼自身のマインドセットや行動を変えていってくれた夫だったからこそ取れた選択肢だったと思う。

そこからは夫に加え、両親の協力や自治体の一時保育を活用しながら、受験準備、そして面接などを乗り越えていった。また育休を2年も取得しながら、その後さらに社費で2年間も留学に行きたいというわがままを快く受け入れてくれ、推薦状を書いてくれた会社の人々への感謝の気持ちは言い表せない。

私の在籍するコンサルティングファームでは「社費選考」がなく、行きたい人は全て社費で留学させてくれるという社員の成長を本気でサポートしてくれる会社だった。それ自体も、MBA留学という選択を取れた大きな一因だ。多くの人に支えてもらいながらの受験だったため、必ずトップスクールに合格するという気持ちもどんどん膨らんでいった。

子育てしながらキャリアも積んでいくためには、自分自身だけで頑張るのではなく、周りとしっかり話し合い、理解し合い、協力し合い、一緒になって頑張っていくことが必要だということをこの受験を通して学んだ。

スクールビジットは絶対行ったほうがいい。数あるMBA校からHBSを選んだわけ

当初、夫と同じスクールに行くことが最優先事項で、その確率を上げるため、9月のファーストラウンドで計6校に出願した。その時点では、正直どのスクールでも行ければいいという気持ちが強かったと思う。

その気持ちが大きく変わったのは出願後に行ったスクールビジットの時のことだ。MBAを目指している方は、もし時間とお金が許すなら、また新型コロナウイルスによる渡航のリスクが小さくなったら、スクールビジットにはぜひ行っていただきたいと思う。やはり実際に学校を見学すると、想像通りの点、違う点、キャンパスや通う人々の雰囲気がよくわかるからだ。

私は出願した6校を全て見学させてもらい、最後に見学したのがHBSだった。他のスクールももちろん素敵だったのだが、HBSに来た後、

「私はここに来て、ここで勉強したい」

と強く思ったのと同時に、HBSの学生としてこのキャンパスに通う自分の姿を鮮明にイメージできたのだ。それは自然に湧き上がってきた不思議な感覚だった。

おそらくその気持ちにさせたのは、キャンパスの重厚な雰囲気が気に入ったということ、授業中の学生と教授の熱量が他のスクールに比べ非常に高かったこと、授業での発言が単なるロジックや概念だけでなく個人の思想、宗教、経験など様々なものに基づいていて深みがあったこと、忙しそうで疲れていながらも誰一人HBSに来たことを後悔していると言わなかったこと、など様々な要因があったのだと思う。

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書類審査が通り、インタビューもかなりスムーズにいったため、これはいけるという期待を持ちながら合格発表の日を迎えたが、夫婦共にまさかのウェイトリスト入り。ウェイトリストというのは、いわゆる補欠合格のことだ。ウェイトリストから合格する確率、特に2人そろって合格する確率はほぼゼロに近いだろうと思い、大きく落胆はしたが、他のスクールの合格は出ていたため、気持ちを切り替えることにした。

そこから数カ月後の朝。HBSから合格通知のメールが夫婦共に届いた時には、うれしさよりも驚きが勝り、鳥肌が立ったことを今でも覚えている。

「縁があった」

そうとしか思えなかった。

スクールビジットの時の「直観」に従い、合格まで努力し続けたことは本当によかったと改めて感じている。

まとめ

専業主婦になろうと思っていた私が、子供を連れてHBSに来るということはおそらく自分を含めて誰も想像していなかった。

HBSに来て、育児と勉学の両立や人々との交流など大変なことは多かった。しかし、世界を良い方向に変えるために何かしたい、そしてそれができるという前向きな気持ち、そして世界を良い方向に変えていかなければならないという使命感など、来る前にはなかった感情が沸々と湧いてきており、私の人生が大きく変わってきていることを感じている。

MBAの意味を問われることはよくあるが、目的を持ち、真剣に学びたいという姿勢さえあれば、ここで学ぶものや得るものは人生にとって非常に大きな財産になることは間違いない。人生全て自分の姿勢や行動次第である。

本連載では、次回以降もHBSで私が得た経験を共有させていただきます。私の経験をお伝えすることで、少しでもMBAへの挑戦やMBA以外への挑戦を後押しすることにつながれば幸いです。

コラム作成者
Liiga編集部
Liigaは、「外資就活ドットコム」の姉妹サイトであり、現役プロフェッショナルのキャリア形成を支援するプラットフォームです。 独自の企画取材を通して、プロフェッショナルが必要とする情報をお伝えします。