“第一号”としてゼロからつくり上げる。それは「エンジニアとして経験しておきたい現場」だった
2021/06/18

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ITエンジニアのキャリアは多種多様だ。当時、優秀なエンジニアが集まっていた株式会社ディー・エヌ・エー(以下、DeNA)を2年足らずで辞め、契約書業務を効率化するソフトウエア開発のスタートアップ、株式会社LegalForceに「1人目のエンジニア」として転職したのが、時武佑太取締役兼CTO(最高技術責任者)だ。なぜ“何もない”環境にあえて自ら飛び込んだのか。その真意を聞いた。【斎藤公也】 ◇「外資就活ドットコム」にも同じ内容の記事を掲載しています。

〈Profile〉
時武佑太(ときたけ・ゆうた)
LegalForce取締役兼CTO
東京大学工学部航空宇宙工学科卒業、同大学院情報理工学系研究科創造情報学(修士)修了。2016年DeNAに入社。ヘルスケア関連アプリの開発に携わり、Android、 iOS、サーバー開発やデータベースのパフォーマンス調整などを担当。2017年 LegalForceに「最初のエンジニア」として参画し、現職。


大きな機材が不要なプログラミングに、ものづくりの無限の可能性を感じる

――時武さんがエンジニアを目指した経緯を教えてください。

時武:子どものころからパソコンを使うのが好きでした。プログラミングを始めたのが、小学校4年生か5年生のときだったと思います。最初は、マイクロソフトが1990年代に開発したプログラミング言語「Visual Basic」をベースとしたスクリプト言語「Visual Basic Script」を使っていました。

中学、高校では、それほど打ち込んでいたというわけではありませんでした。大学で工学部の航空宇宙工学科に入ってからは、本格的に取り組み始めました。

航空宇宙工学では、実はプログラミングに接する機会が多いのです。例えば、ロケットや航空機のエンジンを制御するシステムには、プログラミングが関係してきます。授業で航空宇宙工学におけるプログラミングの楽しさを認識しました。

――プログラミングの楽しさを具体的に教えてもらえますか。

時武:プログラミングも、ものづくりの一種なのかなと思います。プログラミングは、ものづくりの中でも取り組みやすい部類に入ります。大きな機材も必要ないですし、デスクとパソコンがあればできるからです。一方、自分の手で、すごく大きいものをつくることができることに、無限の可能性を感じました。

例えば自動車を製造するには、さまざまな工程が必要で、一人で全工程をこなすことは難しいでしょう。しかし、プログラミングであれば、素養やプログラミング力を備えているのが前提ではありますが、大規模なシステムでも一人で構築できます。それはすごく面白いですね。

大学では、航空宇宙工学科に入ったものの、プログラミングへの興味が強くなってきたため、大学院では、情報理工学系に移りました。世間ではディープラーニング(深層学習)が盛り上がりを見せ、ITの重要性が一層強く認識され始めようとしている時期で、私は、プログラミング技術を極めていきたいと考えるようになっていました。

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ビジネスの要件を組み、小さいシステムを徐々に大きくしてスケールさせる力が必要

――DeNAに入社したのは、エンジニアとして、技術を磨き、開発に特化してやっていこうという思いが強かったということでしょうか。

時武:そうですね。巨大プラットフォーム「モバゲー」を支えてきた優秀なエンジニアから、技術的に多くを得られるのではないかと考え、DeNAに入社しました。

けれども、しばらく仕事をしていくうちに、開発のみでやっていくのは現実的ではないと考えるようになりました。

――それは、なぜでしょうか。

時武:まず、周りに優秀な人たちが多かったからです。同期入社のエンジニアが40人程度いましたが、いずれも優れた技術を持っていました。また、優秀な人たちがいるのはDeNAだけではありません。そのように社内外を見渡して、10年後に一つの分野を極めて、抜きんでた存在になるのはなかなか難しいと思いました。

また、開発という軸に加えて、ビジネスという軸も持ちたいと考えるようになったからです。ヘルスケア関連の部門に所属し、iOSアプリ、Androidアプリ、一部サーバーの実装にも携わりました。私が所属していた開発のチームは人数が少なかったため、さまざまな開発業務を担当しました。

いろいろな経験を重ねていくうちに、優れた技術を持っているよりも、ビジネスの要件をきちんと組みながら、小さいシステムから徐々に大きくしていき、スケールさせていく力が必要だと認識しました。それは、単純に技術を突き詰めていった先にある景色とは違って、別の軸で考える必要があると感じました。

開発とビジネスの両軸で、キャリアを模索していきたいと考えるようになったのは、DeNAに入社して、1年後ぐらいからです。例えば、プロダクトに新しい機能を持たせるときに、開発だけがキャリアの軸だったときは、とにかく新しい技術を採用するのが重要と考えていたかもしれません。しかしビジネス視点が重要だと認識してからは、むやみに新しい技術に頼ることについて、保守的に考えるようになったと思います。

――DeNA時代に、エンジニアとして苦労したプロジェクトはありましたか。

時武:Javaで実装していたサーバーのライブラリが古く、私が在籍していたときにサポートが終了することになりました。サポートが終了したライブラリを使い続けることには、セキュリティー上問題があります。そのため、Rubyに置き換えるプロジェクトを実行したのですが、これが最も印象的でした。

Javaのサーバー自体は私が入社する以前から使われていたため、実装の細かい部分がどのような設計になっているのかなど、全体像を把握するのに時間がかかりました。設計に関してドキュメントも残っていなかったため、コードを読み解かなければならず、苦労しましたね。

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「何もないところからつくり上げていくこと」自体にエンジニアとして興味

――LegalForceに移ったのは、なぜでしょうか。

時武:DeNAに入って1年半ぐらいたったころ、LegalForceの創業者と出会いました。社内で異動して、ほかのプロジェクトに携わるという選択肢もありましたが、LegalForceに移ることを決めました。LegalForceは、人工知能によって、契約書レビューを手間なく実現するプラットフォームを運営しています。

スタートアップでやってみたい、という思いはありました。エンジニアとして経験しておきたい現場といいますか、何もないところからつくり上げていくというのは、エンジニアとしては興味をそそられる分野だと考えていました。

25歳のときに転職しましたが、私の性格上、エンジニアとして安定した地位を手に入れてしまうとスタートアップに挑戦するという選択をしないと思ったので、転職を決めました。

LegalForceにしたのは、私が第一号のエンジニアだったこと、弁護士という職業の方と一緒に働くことで得られるインスピレーションに期待したからです。

契約書のレビューの自動化を手掛ける企業は、当時、海外でも珍しく、日本にはなかったと思います。比較的、形が決まっている契約書のレビューを、弁護士や企業の法務部が手間と時間をかけてやっているのが現状です。これを自動化することで、法務の本質的な業務である企業の競争力の向上に充てる時間を増やせるのではないかとも考えました。

――DeNAにいたころにはできなかった経験もしているかと思います。

時武:そうですね。開発を進めて、β版制作まで進んだプロダクトがありました。しかし実際に運用してみると、「これでは売れないのではないか」という見解が社内に広がったため、一からつくり直すことになりました。

――なぜうまくいかなかったのでしょうか。

時武:ユーザーが求めていることや最低限必要な機能についての擦り合わせができていなかったからです。経営陣とエンジニアとで、出来上がってくるプロダクトに対しての期待値に齟齬がありました。

最初のβ版は、契約審査に関するコミュニケーションを円滑化する、というアプローチでしたが、そうではない、と。そこで、人工知能によって、契約書の審査を加速するというコンセプトに変えました。

もともと契約書の言語処理技術の開拓は行っており、契約書の条文検索機能や自動検査機能、契約書の構造解析機能について、少しずつ成果が出始めていました。改定後のβ版では、これらの研究の成果を活用できました。

企業によって、研究の目的は異なると思います。LegalForceでも、研究の在り方を模索してきましたが、きちんとビジネス価値を創出することが重要だと、社内で認識を統一しています。

――自然言語処理などを取り入れたから、サービス内容が良くなったということでしょうか。

時武:自然言語処理と契約書の相性はとてもいいのです。文書自体が条文などで構造化されている上、出てくる単語も専門用語や特定の文言が多く、口語と比べてかなりフォーマットが限定されているからです。

サービス内容がよくなったのは、自然言語処理を取り入れたことに加えて、ユーザーが求めているコンセプトに向かって開発ができるようになったのが大きいと思います。β版での「失敗」によって方針転換をして、方向性を定めて進められたことが大きかったのだと思います。

技術の核となるような箇所は詳しく申し上げられませんが、自然言語処理とアドホックな処理とを組み合わせることで実現しています。契約書の審査を自動化するための機構は複雑になっています。単純に、ライブラリを使ったからできるわけではありません。ユーザーの意見を取り入れながら何度か改修をして、現在のサービスが出来上がっています。愚直な取り組みを続けた結果だと思います。

実装や設計の「本質」を考える人が、エンジニアとして活躍できる

――エンジニアとして力を付けて、活躍できるのは、どのような人でしょうか。

時武:ソフトウエアがなぜ、このような実装や設計になっているかという「本質」を考えられる人です。それができる人は、日々変化する理論や技術をキャッチアップする姿勢を持ち合わせていると思います。

仮に、同じ結果をもたらすが、結果が生じるまでの時間に差がある二つのソフトウエアがあるとします。なぜ、そのような差が生じるのかは、表面からは分かりません。しかし、その差が生じる理論や差を生む技術について知らなければ、実装する段階でソフトウエアのもたらす効果を最大化するのは難しいです。

――CTOとして、マネジメントを行う立場にあります。マネジメントの面白さや醍醐味を教えてください。

時武:マネジメントをやり始めると人を動かして開発しなければなりません。一人で完結する作業は減ります。そのメンバー一人一人と向き合って、潤滑油的な立場で関わることで、最終的に一人で開発するよりも圧倒的に大きなものができます。それは、とても面白いことです。

マネージャーの究極的な仕事は、自分より優秀な人を採用するということだと思います。それができるようになったとき、自分が出せる価値がどこにあるのかを見定めておく必要はあると思います。

もともと、エンジニアとして長期にわたり仕事があれば、幸福だと思っていました。しかし、社会にインパクトを与えるようなプロダクトを生み出すことにも、面白さを感じるようになりました。ストレスがかかる業務もありますが、振り返ると楽しい仕事が多かった。だから、続けてこられたのだと思います。

会計分野では、クラウド系のソフトウエアを使っている企業は多いですが、契約書レビューのサービスを導入している企業は多くないのが現状です。LegalForceを利用するユーザーの法務業務が効率化され、本来なすべき事業に資源を集中させられる社会の実現に貢献できたらいいと考えています。

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コラム作成者
Liiga編集部
Liigaは、「外資就活ドットコム」の姉妹サイトであり、現役プロフェッショナルのキャリア形成を支援するプラットフォームです。 独自の企画取材を通して、プロフェッショナルが必要とする情報をお伝えします。