誰にも負けない”武器”があれば、やりたいことで生きられる。起業家であり研究者でもあるAIエンジニアの信念

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高校時代にプログラミングを学び始め、大学在学中にシステム開発を行うベンチャー企業を創業。博士課程ではオンライン百科事典「Wikipedia」のデータを活用した研究で脚光を浴びた後、東大で助教・講師に就任。現在は東大時代に開発したAI(人工知能)人材育成講座で注目を集める、AI総合研究所NABLAS株式会社(以下NABLAS)を経営――。同社代表取締役 所長を務める中山浩太郎氏は、多彩な顔を持つエンジニアだ。

こうしたキャリアは、自他ともに認める“武器”として、高い技術力と実績を追求した結果だという、ストイックな中山氏。一方、「人の言うことをあまり聞かない」と率直に話す、“自由人”な側面もある。その独自の足跡を通して、エンジニアが自分らしいキャリアを形成していくためのヒントを探った。【橘菫、松本香織】

〈Profile〉
中山浩太郎(なかやま・こうたろう)
NABLAS株式会社代表取締役 所長。
関西大学総合情報学部総合情報学科在学中、株式会社関西総合情報研究所を創業。同大大学院総合情報学研究科で修士号、大阪大学大学院情報科学研究科にて博士号を取得後、東京大学知の構造化センターおよび同大学大学院工学系研究科で助教・講師を経て2018年より現職。『東京大学のデータサイエンティスト育成講座』やI. Goodfellow, Y. Bengio著の『Deep Learning』の監訳など、9冊のコンピューター科学分野の著書がある。

人の言うことはあまり聞かないタイプ。資格やコンテストで実績を積みつつ、気になることをとことん掘り下げてきた

――中山さんはエンジニアでありながら、起業家、研究者として活躍する一面もあります。学生時代から、こうした多様な領域をカバーするようなキャリアを狙っていたのですか。

中山:いえ。もともとは「AI技術で世の中を変えたい」とスペシャリストを目指し、エンジニアとして活動していたつもりでした。けれど、物事にこだわる性格で、やっている間に、気になることがたくさん出てくるんです。それを掘り下げていたら、気づくと幅広い領域で仕事をしていました。

――では、昔から起業を目指していたわけではないのですね。

中山:はい。技術は小さい頃から好きでしたし、漠然と社長業に興味はありましたが、「起業したい」とまでは考えていなかったです。ただ昔から、世の中に出たら「やりたいことがやれる環境を得たい」という思いはあり、そのためには“武器”がいるだろうと考えていました。それで、例えば高校時代から情報処理に関する資格を複数取っていきました。

“武器”とは、自分だけでなく他者からも評価される実績のこと。Imagine Cup(*)といったコンテストでプログラミングなどの力を競っていたのも、その一環でした。世界大会で結果を残せば、自他共に認める明確な実績となりますよね。 *Imagine Cup……Microsoft社が主催する世界規模の学生向けITコンテスト。ITスキルを競い、各国の予選を通過すると世界大会に出場できる。中山氏のチームは2004、2005、2006年と3年連続で日本大会優勝、世界大会では最高でベスト6の成績を残した。 description

――学生起業したり、その会社を辞めて博士課程に行ったり、というキャリアから、リスクを取って思い切った決断をするタイプかと思いきや、手堅く実績を積み重ねてきたのですね。

中山:自分ではむしろ、リスクを取らない方だと思っていて、確実性が高いと考えたことや着実に成果が出そうだと判断したことをやっているつもりです。ただ、自分が確実と思っても、人はそう考えていないことが多くて、それがチャンスにつながっていた場面もあったかもしれません。

あと、私は実は、あまり人の言うことを聞かないタイプなんです。人から「一般的にはこれがいいよ」とか言われると、「本当にそうなのか?」と疑ってしまう性質があるのかもしれないなと思っていて。ただ、キャリアを振り返ってみると、その姿勢が良い結果に結び付いたことも多いです。

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パソコンゲームに熱中し、テクノロジーに魅せられる。AIへの興味の源泉は「SF小説のロボット」

――かなり小さい頃から技術に興味を持っていたようですが、何かきっかけがあったのでしょうか。

中山:きっかけはゲームでした。小学生の時、当時としては珍しく自宅に家庭用パソコンがあったので、ゲームをしたくて触り始めたのです。

その頃は、データが磁気テープに記録されていて、そこに冒険ものやアクションもののゲームが入っていました。パソコンに接続したテープレコーダーで再生しながらプレイするのですが、磁気テープがレコーダー内で詰まってしまうことがたびたびあったのです。そうした時、ゲームで遊びたい一心で、レコーダーを解体し、詰まりを自分で修理していました。振り返ってみると、技術への興味や、「問題を何とか解決し、やりたいことを達成していく」という姿勢は、そういった経験から来ているのかもしれないと思っています。

そのうちにWindows 3.1やWindows 95が登場して一世を風靡(ふうび)し、ニュースではMicrosoft創業者のビル・ゲイツ氏が話題になっていました。ソフトウェア技術で世界を変えたことや、それほどストイックに技術を追求したストイックさはすごいと思ったし、ガレージでベンチャーを創業し、そこから大成功するサクセスストーリーにも憧れました。そこから漠然と「自分も何らかの技術を持ち、人生を切り開いていきたい」と考えるようになりましたね。

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――その上で、具体的にAIに注目するようになったのはいつですか。

中山:大学で受けた「ニューラルネットワーク」の授業が転機になりました。ニューラルネットワークとは簡単に言うと、脳の神経回路を模した数理モデルで、機械学習の一種です。

それ以前も、SF作品が好きで、『スター・ウォーズ』に出てくるR2-D2や『2001年宇宙の旅』に出てくるHAL9000を見て、「将来は人間とコミュニケーションするロボットを作る仕事がしたい」と漠然と考えていました。でも、この授業で機械学習に触れて初めて「あ、自分がやりたかったのはこういうことだ」と理解し、AIをライフワークにしようとはっきり決めました。

学生起業し経営は順調。それでも、社会に影響を与えるための技術を追い求め、博士課程へ

――関西大在学中の2000年には、Webシステムの受託開発の会社を創業しています。「昔から起業を狙っていたわけではない」とのことでしたが、どのような経緯があったのですか。

中山:所属していた研究室の先生に「みんなで会社を作ろう」と言われたことがきっかけです。私自身も「大学での研究は大事だけれど、結果を世の中に還元していかなければ意味がない」という気持ちを持っていたので、代表取締役として経営に関わりました。作っていたのは、当時珍しかったCRMシステム(*2)や、内部にデータベースを持っているWebサイトの自動作成ツールなどです。 *2 CRMシステム……顧客の情報を集約し管理するシステムのこと。CRMはCustomer Relationship Managementの略

――会社の経営は順調だったようですが、なぜ会社を3年で辞めて博士課程に入学したのですか。

中山:確かに、私が社長を務めていた3年間は、毎年黒字で年商1億円ほど。はたから見れば順調だったと思います。しかし、当時の事業の実態としては、企業から発注されたシステムを作って納品していただけだったのです。

単に発注されたものを作るだけでなく、自社独自の強みがないと、社会に大きなインパクトを与えることはできません。「このままだと埋もれてしまう」という危機感を覚え、差別化できるような技術を身に付けようと、大阪大学大学院の博士課程へ進学を決めました。

――技術力を高める手段として、民間企業への就職という選択肢もあったのではないでしょうか。

中山:考えたことはあります。けれど、実家が祖父の代から自営業だった影響か、会社に行って、指示されたことをして帰るような生活が想像できませんでした。それよりも、自分たちで確固たる技術を確立し、ドライブしていくことに興味があったのです。

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――そうした選択の結果、博士課程でWebからデータを集めてAIを作る研究をしていたようですが、Webに着目した理由はなんでしょうか。

中山:賢いAIをつくるために重要な要素は二つあります。一つはニューラルネットワークやディープラーニングのような「モデル」。もう一つは「データ」です。

当時、まだモデルはブレイクスルーがなかったこともあり、データをしっかり取ってコンピューターを賢くするというアプローチが重要だろうと考えました。そのデータという観点でいうと、Webからはさまざまなデータが大量に集められます。なおかつ研究者目線では、それらが整理されていない点がチャレンジングだと感じていました。

――具体的にはWeb上のどのようなデータを研究の対象にしたのですか。

中山:Wikipediaです。これは人間の知識が集まっている面白い場所ですよね。でも、そこから知識を抽出しようとしている研究者は、世界的に見てもほとんどいませんでした。

そこで、Wikipediaから自然言語処理などによって言葉の意味や関係性を抽出し、同義語や類義語が一覧化できるシソーラス辞書を自動構築する研究をしました。またその成果を踏まえ、Wikipediaに含まれるデータを自己組織化してマップにする「WikiSOM」というツールを作りました。これらの研究が評価され、後の東大での研究のポストにつながったので、自分にとって重要なステップだったと思います。

単純作業をAIに任せれば、人はもっと“人らしく”生きられる。自ら産業を変える気概を持って時代を前に進めよう

――中山さんは現在経営するNABLASで、「人が人らしく生きられる社会の実現」というミッションを掲げています。具体的にはどのような社会を目指しているのでしょうか。

中山:人間が、人間にしかできないことに集中できる社会です。私自身の話になりますが、単純作業が大の苦手で、2日続けて同じことができないんです。でも実際は、人間が毎日似たような作業をこなす必要がある場面はまだ多いですよね。

AIなどの技術を使い、そうした作業の自動化や業務の効率化をすれば、人は新しいものを創造するとか、高次元なサービスを提供するといったことに、時間と頭を使うことができる。そういう方向に社会がシフトしていった方がいいと思っています。

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――そういう社会に向かっているとしたときに、今キャリアを模索している学生はどのようなことを意識すればいいのでしょう。

中山:今後はどんな人でもAI技術に触れざるを得ない世界を迎えるでしょう。ですから、AIのスペシャリストもしくはジェネラリストのどちらを志向するか決めると成功しやすいと思いますね。

技術を作る側の人、つまり研究者やエンジニアのようなスペシャリストを目指すとしたら、特定の技術に高い専門性を持つことが重要と考えます。ある領域にフォーカスし、誰にも負けないというところまで突き詰める。そして「できた」と自分だけで満足するのではなく、その技術で世の中の人が「便利だな」と思う状態を目指してほしい。

一方、技術を作る側でない全ての人は、AIのジェネラリストとして、「AIに何ができて何ができないのか」を理解し、その力を活用するという視点が必要です。例えば「AIを使って新規事業を創ろう」、「AIの導入により業務効率を向上させよう」といった風に、誰であっても技術を理解し、その力で世に価値を出すことが求められるのではないでしょうか。

現在、多くの産業がAIによって変化の時を迎えています。いずれのタイプでも、その流れに対して受け身ではいけません。「自分たちでAIを使いこなし、産業や生活を変えていくんだ」という気概を持って、積極的にAI時代を前に進めてほしいと感じています。

description NABLASが運営するコミュニケーションスペースをデザインした中山氏。ボルダリングウォール(写真中央奥)の設置を決めたことなどからも、既存の枠組みにとらわれない発想がうかがえる


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