外銀とベンチャーは異世界―。元ゴールドマン「東芝問題」担当の試練と成長 外資投資銀行→CxO転職の光と影Vol.4 ビザスク・瓜生英敏COO
2019/10/16
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2017年9月末、ゴールドマン・サックス(GS)でマネージング・ディレクター(MD)を務める瓜生英敏氏は、神妙な面持ちでGS日本法人社長の持田昌典氏と向き合っていた。それは、瓜生氏が担当し経済界が固唾を呑んで見守る東芝メモリ(現キオクシア)の売却案件が、決着した翌朝のこと。「これで僕は辞めようと思います」-。“功労者”の予期せぬ一言に、持田氏は驚きを隠さない。「何を言っているんだ?」。だが瓜生氏は、迷いなく次の一歩を踏み出す。転職先に選んだビザスクでは、仕事観を変えざるを得ないほどの“異文化”が待ち受けていた。

〈Profile〉
瓜生英敏(うりう・ひでとし)
株式会社ビザスク取締役COO
東京大学大学院工学系研究科修士課程修了
1999年にゴールドマン・サックスに入社し、2012年にマネージング・ディレクターに就任。投資銀行部門(IBD)で約20年にわたり、国内外のテクノロジー企業などに対するM&Aおよび資金調達の助言業務に従事。2018年2月にビザスクに転職し、取締役CFOに就任。同年9月から現職。2児の父。

10万人超の将来を背負う「投げ出せない」案件。激闘を越え新天地へ

「今の案件が落ち着いたら、辞める」。退職宣言の約2カ月前、既に瓜生氏は固く誓っていた。

GSには約20年勤め、特に最後の数年はテクノロジー関連企業などのカバレッジを担う組織「TMT」のシニアMDと、分野横断的にM&Aの重要案件を執行する役を兼任。案件獲得から執行まで(さんめんろっ)の活躍を見せ、「大いに楽しんだ」という。

だが一方で、「やりたいことはやり尽くしつつある」という気持ちも、芽生えていた。次第にそうした想いは「今までと全く違うことをやり、もっと成長したい」という挑戦意欲に発展。そして2017年の夏、「たった1回の人生でこのまま同じことやるのが本当にハッピーなのか…」と、想いはある種の臨界点に達し、転職の決断に至った。

ただ当時の瓜生氏にとって、「今の案件」は簡単に投げ出せるものではなかった。東芝の半導体子会社、東芝メモリの売却案件―。米国原子力事業の損失で債務超過に陥った東芝は、上場廃止を免れるため、稼ぎ頭だった東芝メモリの売却を計画。M&Aアドバイザーとして“ディール”を先導する瓜生氏の双肩には、10万人を超える東芝従業員の将来がかかっていた。

「チームのメンバーは常に疲労困憊。ボロボロになりながら案件を進めた」という。

瓜生氏らが四苦八苦しながら利害関係者の調整などに努めた結果、東芝は同年9月に米国PEファンドのベインキャピタルを軸とする「日米韓連合」と売却契約を締結。激闘をくぐり抜け「心の底からホッとした」という瓜生氏は、晴れてGSを後にし、大学とGSで後輩だった端羽英子CEOが率いるビザスクへの参画を決意。翌年2月から、同社CFOとして新たなキャリアをスタートさせた。

「え、1on1って何?何やるの?」。転職で目の当たりにした“異文化”

ただ、外資金融からベンチャーへの転職は当初、百戦錬磨の元敏腕バンカーをも困惑させた。「ギャップの最大の理由は、自分がプロフェッショナルファームでの経験しか持っていなかったこと」と瓜生氏は振り返る。

「ではまず、社員全員と“ワンオンワン”をしてもらいましょうか」。入社当初、そう求められた瓜生氏は、返答に窮した。GSでは上司と部下が1対1でミーティングする「1on1」の習慣が、なかった。「1on1という言葉の意味も知らず、それに、1対1で何を話せばいいか全く分からなかった」という。

一般的にプロフェッショナルファームは「社員の同質性が高く、最高のアウトプットを出すことが当然」(別の外資金融出身者)の世界。瓜生氏も前職では、「人をモチベートして、育てて、最大のアウトプットを出してもらうことについて、正直あまり頭を使う必要がなかった」と明かす。必然的に、1on1が求められるような環境ではなかった。

他方、ベンチャーをはじめ大多数の事業会社は、多様なバックグラウンドを持つ人材が集まり、仕事観やモチベーションもバラバラで当然の世界。「ビジョンやミッションを共有し、部下のモチベーションを高めることがマネジメントの大事な要素の1つ。1on1はそのためにやるものと、やってみて分かった」という。

こうした“異文化”になじむのには、一定期間を要した。理解を深めるため、多様性を特徴とする著名な海外Tech企業の書籍なども参考にし、「ようやく慣れてきた」と瓜生氏は苦笑いする。 description

「キツかったという意味では、COOになった直後が一番かもしれない」。瓜生氏は新天地で直面したもう1つの試練を挙げる。2018年9月、ユニゾン・キャピタルを辞め入社してきた安岡徹氏に瓜生氏はCFO職を託し、自らはCOOに就任。GSでのプロジェクトマネジメントの経験を生かし、営業面の強化・改善に乗り出した。

だがCFO業務は財務関連の経験が生きフィットしやすかったのに対し、COOではそうもいかなかった。「前職でやっていた財務周りより、ビジネス寄りのことがやりたくて転職したので(COOは)希望には合っていた」ものの、新たなチャレンジは思いのほか「難しさがあった」という。

しかも「当社の場合、(CFOとして担当した)管理部門は仕組みがほぼなかったのでゼロから作ることができたのに対し、(COOが管掌する)ビジネスの方は既に動いていたので、そこにどう入って付加価値を出すかは、かなり悩んだ」と瓜生氏は当時の苦悩を明かす。

さらには、取り組みの一環でPDCAの仕組みを確立する際、「どういう単位で、どのくらいの速度でサイクルを回すべきかが、グローバル企業の前職とスタートアップの今では全然違う」ことも明らかになった。試行錯誤を繰り返した結果、「ここ半年くらいで、やっとPDCAを回すイメージができてきた」という。

事業への共感がなければ、ベンチャー転職は辛いだけ

こうした難局で瓜生氏を支えたのが、「この会社がやっていることは、絶対に世の中を良くする」という入社当初から持つ信念だ。GS退職が決まった後、大企業からスタートアップまでさまざまな企業から誘いを受けたが、事業内容に惹かれたからこそ幾多のオファーを断り、当時まだ従業員30人程度だったビザスクに参画した。

同社の事業は、1時間からのピンポイント相談が可能な「スポットコンサル」の仲介サービス。「世界中の知見をつなぐ」をミッションとし、コンサルタント役の「アドバイザー」の数は国内8万人超、海外約1万人に上る。「世界中の、もっと多くの人に使ってもらうべきサービスだと思う」と瓜生氏は胸を張る。

ビザスク入社後はベンチャー転職を考える後輩バンカーから相談を受けることも増えたが、その際言い聞かせるのが、転職先の事業内容や理念に共感できるかを「ひたすら自問自答してから参画すべき」ということ。自らはビザスクのサービスを信じ、「世界に広めたい」という強い想いがあったからこそ、入社後の試練を克服できた。

「たとえCxOのポジションやストックオプションなどを得たとしても、本当に自分が『これをやりたい!』と思える事業でなければ、転職しても辛いだけ」と言い切る。ビザスクの事業に対する信念があったからこそ、GS退職時に妻へ意向を伝えた際、驚く彼女に断言できたという。「絶対悪いようにはしないから、任せてほしい」と。

収入と家庭生活はトレードオフ。家族に何かあれば、優先できる

実は家族との生活も、転職の一因だという。2017年当時、子供は中学生と小学生で、「もしかしたら上の子は地方や海外の大学に行くかもしれない。そうだとしたら、あと何年一緒に暮らせるだろう」。そんな懸念が、「成長するため環境を変えたい」という想いを助長した。

無論、GSにいたままで働き方を変えることも理論上可能だが、「仕事に向き合う姿勢が半端ではない」(GS時代の部下の1人)と評されていた瓜生氏にとっては、難儀に思えた。「自分が弱いだけなのかもしれないけれど、長年やってお客様や仲間の間で定着している自らのスタイルを変えるのは、結構難しい。GSに残ることを考えると、自分がハードワーカーであり続ける未来しか、想像できなかった」という。

転職後、働く量こそ「そもそも“仕事好き”だし立場も立場なので、さほど変わらない」と自嘲するものの、「前職と比べるとコントロールしやすい。家族のことで何かあれば、基本的にはそちらを優先できる」という。収入面ではGSが圧倒的なのは否定できないが、「そこはトレードオフだと思う」とほほ笑む。 description

入社から1年半が過ぎ、現在はグローバル展開の陣頭指揮を執る瓜生氏。「『アドバイザー』の数をみても、国内の8万人超に対し海外の約1万人は、人口を考えるとまだまだ少ない。本当にこれからが勝負」と力を込める。

グローバルビジネスを推し進めるかたわら、胸の奥にはこんな信念もある。「世界中をつなぐ当社のサービスを広めることは、日本という国にとってプラスになる」-。その想いは、GS時代の経験に起因する。

グローバル企業の代表格ともいえるGSの一員として日本企業を支援する中、「グローバルな情報について、日本はやはりハンディキャップを負っている」と思わざるを得なかった。「もちろん日本企業もアンテナを張って情報収集に努めているが、米国など海外は転職が当たり前で、ネットワークが加速度的に構築されるオープンな世界。この違いは、相当大きい」ことを痛感した。

だからこそ、「クローズドな世界でやってきたこの国の企業に使ってもらってこそ、当社のサービスは生きる。これを真の意味で世界中の知見をつなげるプラットフォームにすることで、結果的に日本企業が元気になってくれれば、うれしい」と瓜生氏は先を見据える。

モチベーションの1つになっているのが、入社前、東京・青葉台にあるビザスクのオフィスを初訪問した時に見た光景だ。「ガラス越しに執務エリアを見て、なんだか感動した」。大学やGSでは“若者”の1人に過ぎなかった端羽氏が、立派にビジネスを回し、既に従業員30人近くの生活を支えている-。しかも、「中にいる人は皆楽しそうで、生き生きしていた」。「自分の経験を生かし、彼らのチャレンジをサポートしたい」と、その時抱いた意欲が、今も瓜生氏を突き動かしている。 description

【「外資系投資銀行→ベンチャーCxO転職の光と影」シリーズ】 第1回「初めはカオス。カルチャーすらなかった…」マネーフォワード・金坂直哉取締役執行役員の場合
第2回「元将棋少年が出会った運命企業。入社したら苦難の山?」HEROZ・浅原大輔CFOの場合
第3回「なんとなく伸びそう」はNG。自らDDして決断を~じげん・寺田修輔CFOの場合

コラム作成者
Liiga編集部
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