「損益計算書は見なかった」。成長性に賭けた新卒ゴールドマンからの“ノールック”転職 外資投資銀行→CxO転職の光と影Vol.5 UUUM・渡辺崇CFO
2019/11/14
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「どうせ辞めるなら“すごく”伸びる会社に行き、同僚を見返したい」。2014年8月、ゴールドマン・サックス(GS)で証券アナリストを務めていた渡辺崇氏は、そんな想いを抱きつつ設立1年余りだったUUUMの鎌田和樹社長と食事を共にしていた。双方を知るベンチャーキャピタル(VC)関係者の取り持ちで実現した初対面の場。鎌田氏は事業内容を説明しつつ、自社への参画を促す。YouTuberなど動画クリエイターを支援するUUUMの事業は、IT担当アナリストだった渡辺氏から見て「予測不能な要素に満ちていた」。だが「未知数だからこそ、成功すれば最大値が大きい」-。

初会合からわずか10日ほどで、渡辺氏は入社を決意。約5年経った今、当時を振り返る鎌田氏は高速で意思決定した渡辺氏を冗談交じりに評す。

「2回目のご飯の際にUUUMに来ると言った“変人”」と。

〈Profile〉
渡辺 崇(わたなべ・たかし)
UUUM株式会社 取締役CFO・経営企画室統括
慶應義塾大学経済学部卒業
2005年、ゴールドマン・サックス証券株式会社に新卒で入社。証券アナリストとして民生電機業界やインターネット業界を担当し、2010年から同社ヴァイス・プレジデント。2014年、UUUMに入社し取締役CFOに就任。

「プライドだけの“オジサン”にはなりたくない」。昇進直前で下した“脱金融”の決断

UUUMに転職した2014年、渡辺氏はGSの証券アナリストとして“上り調子”の真っただ中にいた。その前年、アナリストを格付けする米国Institutional Investor誌が同氏を民生電機セクターの第3位に選出。しかも順調にいけば、あと1年と経たずにヴァイス・プレジデント(VP)からマネージング・ディレクター(MD)に昇格する見通しだった。

だからこそGS退職時、同僚たちは詰め寄った。「どうして“今”辞めるんだ」-。

一方、渡辺氏の頭には2014年初めから、こんな不安が芽生えていた。「このままだと、10年後は仕事がないかもしれない」。

それまでは、電機やITといった分野のアナリストを務め、「すごく楽しかったし天職だと思った。だから職を変えるなんて考えたこともなかった」という。他方でITベンチャーの急成長などを目の当たりにしつつ、「インターネットにより情報格差がどんどんなくなってきている」と潮目の変化を敏感に感じ取ってもいた。さらに、アナリストとしてIT分野に詳しくなればなるほど、変化の破壊力を痛感することになる。

金融業界、特に証券部門は情報の非対称性を収益の源泉としてきた側面がある。ネットによる情報格差の解消が、逆風になり得る世界だ。そしてAIという、“新手の破壊者”の存在も無視できない。ゆえに同年初め時点で31歳だった渡辺氏の脳裏に、「10年後は40歳過ぎで、時代に取り残されプライドだけ高い“オジサン”になっているのでは」と懸念がふと浮かぶのは、自然なことだった。

加えてIT分野を担当する中、若き起業家たちに刺激を受けてもいた。「自分と同年代の人たちが当たり前のように会社を立ち上げ、ユニークなサービスを生み、事業を成長させていた。正直、こんな世界もあるのか…という感じだった」。だからこそ、「当分、バリバリ働ける自信がある。それならば、10年後どうなるか分からないところより、未来のある環境で挑戦するべきでは」といった想いが、渡辺氏の中で沸々とわき始めていた。

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ただ、今でこそ増えている外資金融からベンチャーへの移籍も、2014年当時は前例が限られた。まして、アナリスト出身となると少数派中の少数派。ベンチャーに移れば同僚たちに不思議がられるのは、目に見えていた。彼らをいつか見返すため、渡辺氏は心に決めていた。

「ただ伸びるのではなく、“すごく”成長する会社に行く」-。

予測不能なビジネスに惹かれ10日で入社を決意。「細かくDDはしなかった」

転職を思い立った渡辺氏は、交流のあったVC関係者に相談。何人か紹介された中の1人が、2013年にUUUM(当時はON SALE)を立ち上げたばかりの鎌田氏だった。

「プロダクトやビジネスモデルが固まっていて、『あとは伸ばすだけ』という会社は嫌だった。それだと限界値が見えてしまう」と渡辺氏は転職先選びのポイントを挙げる。その点、UUUMは無限の可能性を感じさせた。予測不能で失敗のリスクもある半面、「ネット動画はテレビという巨大な産業に挑戦できる。それに海外で『MCN』(マルチチャンネルネットワーク)という動画クリエイターと連携する同じ業態が伸びているのも知っていたので、急成長しそうだと思った。そこは結構、感覚的だった」という。

ポテンシャルを重視しただけに、当時UUUMのPL(損益計算書)には目を通さなかった。「動画再生回数など主要なKPI(業績評価指標)はチェックしたが、PLは見なかった。そんなに細かくDD(デューデリジェンス)はしていない。そもそも設立約1年のPLなんて、見ても見なくても同じようなもの」と笑う。

他方、アナリストの立場でITベンチャーの経営を分析する中、「経営トップと周囲の相性は非常に大事」と感じていたため、創業者の人となりを見極める上では細心の注意を払った。

「リーダーとして人を引っ張る力があり、マネジメントも上手い。自分とは全く違うタイプ」。出会いから5年近く経った今、渡辺氏は鎌田氏をこう評する。起業前は大手通信会社で携帯電話ショップの運営などに携わっていた同氏。経歴が全く違うこともあり、渡辺氏から見てマネジメントや組織構築などで「学ぶことは多い」という。2014年夏の初対面時は人柄と事業への熱意に好印象を抱いたほか、幸いなことに「信頼できる複数の知人が(鎌田氏と)つながっており、誰もが高評価していた」ことが渡辺氏の背中を押した。

設立約1年だったUUUMへの移籍をたった10日ほどで決めたため、今や鎌田氏から“変人”呼ばわりされる渡辺氏。もちろんTAM(実現可能な最大の市場規模)や参入障壁など必要最小限の検証は行ったが、「事前にしっかり見ないといけないポイントは、そんなに多くないと思った。あとは、自分の感覚を信じた」とほほ笑む。

CFOだが実態は管理部長…創業期ベンチャーの“あるある”を乗り越えて

「何もかもが初めて。その時点ではGSでの経験は全く生きなかった」。

成功を信じUUUMへ身を移した渡辺氏だが、転職当初は思わぬ苦労に見舞われた。その頃、同社はIPO(新規上場)を目指し始めたが、内情は設立1年余りであらゆることが発展途上の状態。IPOに向け課題が山積する中、渡辺氏がCFOとして“ゼロ”に近い地点から管理体制を整備しなければならなかった。

本来、資金調達から社内の管理まで幅広く管掌するCFOではあるものの「当初求められたのは法務や労務の仕組み作りをはじめとした、いわゆる『管理部長的』な仕事ばかり。そして、それらはアナリスト業務との関連性がほとんどないものだった」と渡辺氏は苦笑いする。とりわけUUUMの場合、その時点でVCからの調達が済んでおり、また早期のIPOを目指していたため、渡辺氏は不慣れな業務に真正面から取り組まねばならなかった。

一般的に見ても、「創業期のベンチャーでCFOがやることは、ほぼ例外なく管理部長のような仕事ばかりになる」と、あるVC関係者は指摘する。このため、ギャップに戸惑う外資金融出身CFOは少なくない。特に渡辺氏は前職で、専門性の高いアナリスト業務を担う半面、「何かを発注したり、稟議を通したり、契約書を作ったりといった一般的なオフィスワークに携わる機会自体がほとんどなかった」という。

悪いことに、渡辺氏が入社した当初、法務など管理業務で経験豊富な社員は数えるほどしかおらず、「何から何まで自分で見なければならなかった」。管理体制の整備は思い描いていた通りにはいかず、悪戦苦闘は2017年8月のIPOまで続くことになる。「IPO準備が長引き、時には事業部門にまで負担をかけてしまった。上場できた時は、本当に『ようやく終わった…』という感じだった」と振り返る。

渡辺氏には1つ反省していることがある。「あらゆることを自力でやろうとしてしまった。個別の業務が得意な人たちをもっと早く採用し、組織を固めることに注力すべきだった」。

とはいえ、それも無理からぬことだった。「アナリストは個人プレーの世界。すごく成長できる環境だが、チームで何かを成し遂げるようなことは、ほぼ経験しなかった」からだ。逆に、前職では論理思考に基づく客観的分析の力が徹底的に磨かれただけに、「下から上がってきたものに意見することに徹した方が、上手くいったかもしれない」と省みる。

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試練の時期を経て、IPO後は金融の経験が生きる場面が増えている。UUUMは動画などあらゆるコンテンツの個人クリエイターを支援するインフラを確立すべく、M&A戦略や他社との連携を加速。昨今では人気Instagram投稿者と企業のマッチングを手掛けるレモネードの買収、記事投稿用サービス「note」を運営するピースオブケイクとの業務資本提携などが、記憶に新しい。渡辺氏は各社との交渉などで力を発揮し、成約に導いた。

「例えばバリュエーションなどの話はやはり専門性が高く、担える人は限られる。そういう意味では、前職での経験が生きている」と胸を張る。

メガトレンドが“うれしい誤算”に。目指すは「世界を変える」インフラづくり

転職から約5年。UUUMは2019年5月期(連結)の売上高が前期比68.1%増の197億円、経常利益が同77.3%増の12億円と急成長を記録。足下(2019年11月時点)、時価総額は1000億円近くに達する。成長性に賭けた転職時の狙いは、見事に的中した。

「当初はネット動画がテレビにとって代わるストーリーでポテンシャルを感じたが、入社すると実際の可能性はもっと大きいことが分かってきた。そこはうれしい誤算。当社ほど将来性に満ちた国内企業はないのではないか」と渡辺氏はさらなる高みを見据える。

自信の背景にあるのが、影響力を持つ個人が企業に代わり主導権を握る「インフルエンサー経済圏」の台頭だ。日本ではまだ本格化していないものの、中国をはじめ海外では人気動画クリエイターがグッズ販売や教育サービスなどで大きな収益を挙げる例が増加。そしてUUUMのように個人クリエイターを側面支援するMCNは、以前にも増して存在感を高めている。

そうした現象に代表されるように「大きなトレンドとして世の中の主導権が企業から個人に移ってきている」と渡辺氏は説く。従来、例えば大衆音楽ならミュージシャンは「事務所」経由でテレビに出なければ成功できず、また服飾デザイナーが自分の作品を売るなら有力アパレル企業に入るのが王道だった。それが、今や力ある特定企業を介さなくとも、個人起点でビジネスが成立するようになりつつある。

UUUMが目指すのは、そうした大きな流れを加速させ「誰もが“好きなこと”をやって生活していける世の中にする」こと。「そのためのインフラづくりが当社の役目。だから狙える市場は、非常に大きい」と壮大な目標に渡辺氏は目を輝かせる。転職時に抱いた「すごく伸びる会社に行きたい」「未来のある環境で挑戦したい」という望みは、「間違いなく満たされている」という。

無論、世の中を変えるのは容易ではない。時には有力企業の既得権益に踏み込む必要もあるなど、課題は無数に存在する。「やらなければいけないことばかり。でもだからこそ、興味が尽きることはない」。渡辺氏の飽くなき挑戦は、続く。

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【「外資系投資銀行→ベンチャーCxO転職の光と影」シリーズ】 第1回「初めはカオス。カルチャーすらなかった…」マネーフォワード・金坂直哉取締役執行役員の場合
第2回「元将棋少年が出会った運命企業。入社したら苦難の山?」HEROZ・浅原大輔CFOの場合
第3回「なんとなく伸びそう」はNG。自らDDして決断を~じげん・寺田修輔CFOの場合
第4回 外銀とベンチャーは異世界―。元ゴールドマン「東芝問題」担当の試練と成長~ビザスク・瓜生英敏COOの場合

コラム作成者
Liiga編集部
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