欲しいのは日本事業立ち上げで「何度も成功する自信」。Google卒業後、2度一号社員に挑む男の真意
2020/10/29
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楽天、Googleでの勤務を経てAppLovin、Smartly と2社連続で日本第一号社員の重責を負う坂本達夫さん。一号社員経験者に光を当てる連載「『日本第一号』たちの未来志向」でも、2度目に挑んでいるのは唯一。30代としては、特異なキャリアといえるかもしれない。日本事業立ち上げという、ある意味“いばらの道”を歩み続ける理由は何か。「1度目がうまくいき過ぎたから」と語る彼の真意に迫る。【藤崎竜介】

〈Profile〉
坂本達夫(さかもと・たつお)
Smartly.io Solutions Sales Director。
東京大学経済学部卒業。2008年、新卒で楽天に入社。2011年9月にGoogleへ移り、アプリケーション向け広告プラットフォーム「AdMob」の日本事業拡大を主導する。2015年6月、アプリ広告プラットフォームを運営するAppLovinに転職。2019年2月、SNS広告運用ツールを手掛けるフィンランド発の企業、Smartlyの上陸に伴い日本の営業責任者に就任。




 

米サンフランシスコでの衝撃、Googleでは「できないことだった」

――2015年6月にGoogleからAppLovinに移ったのが、日本第一号社員としてのキャリアの始まりですよね。

坂本:はい。きっかけはLinkedIn経由のスカウトです。LinkedInだと珍しくないですよね。なので「また来たか」みたいな感じで、しばらく放置していたんです。

――AppLovinのことは知っていましたか。

坂本:いいえ、全く。

――にもかかわらず、結局入社に至ったのはなぜでしょう。

坂本:同年3月にサンフランシスコで開かれたゲーム開発者らのイベント「Game Developers Conference(GDC)」に参加する時に、「そういえばサンフランシスコの会社からスカウトが来ていたな」と思い出したんです。

今から考えるとすごく偉そうなのですが、こちらから「30分くらいなら会えますよ」と連絡を入れ、面会することになりました。AppLovinのオフィスはGDCの会場と近かったですしね。

――その面会を契機に、AppLovinに引かれるようになったのでしょうか。

坂本:そうですね。単純にすごく面白そうだと思いました。

――でも、それまで少しの興味も抱いてなかったわけですよね。

坂本:確かに。GDCで見聞きしたことの影響が大きいと思います。印象的だったのが、カジュアルゲーム(*1)「クロッシーロード」の開発者が数カ月で10億円近くを稼いだことを紹介した講演ですね。バナー広告や画面を覆うように表示されるインタースティシャル広告はなく、当時新しかった動画リワード広告(*2)で巨額の収益が生まれたことに、衝撃を受けました。「ビッグウェーブが来ている」と思ったんです。 *1 スマートフォンなどで短時間で気軽に遊べるゲーム
*2 スマートフォンアプリなどのユーザーに対し、動画広告の視聴と引き換えにアプリ内で利用できるインセンティブを付与する広告形態 description

――それで動画リワード関連の事業を展開していたAppLovinへの関心が、高まったわけですか。

坂本:そうですね。当時AppLovin本社にいた現日本法人社長の林宣多さんが、面会時に事業内容などを日本語で分かりやすく解説してくれたことも大きかったですね。

――今やGoogleも動画リワード領域に進出していますよね。

坂本:ええ。ただ当時は会社の方針で、広告を視聴したユーザーにインセンティブを付与する動画リワード広告は、「あり得ない」という感じでした。

――ではGoogleへの未練はさほどなかったのでしょうか。

坂本:未練みたいなものも、なくはなかったですよ。いい思いをたくさんさせてもらえたし、すごく恵まれた環境でしたから。ただ一方で、動画リワードの例のように「できないこと」「自分の力じゃどうしようもないこと」も結構あったんです。

――世界的な大企業ですからね。

坂本:小さい会社ならすぐに決められることでも、SVP(シニア・バイス・プレジデント)クラスの許可が必要だったりして……。

“二号社員”のオファーは辞退、より「面白い経験ができそう」な一号社員へ

――それでもGoogleからAppLovinに移るのは、ある意味リスクを伴う決断です。

坂本:正直そこは、打算もありました。楽天とGoogleを経験し、まだ30歳前後だったので「万が一“コケて”もGAFAのどこかが拾ってくれるんじゃないか」と。

それに、日本第一号に挑戦したという事実は、仮に失敗したとしても特に海外の企業には評価されるはず、という自分なりの仮説もありました。「少なくともGoogleに居続けるよりは高評価されるのではないか」と。

――収入面のギャップもあったのでは。

坂本:それが、AppLovinもシリコンバレーの会社だからなのか、ギャップはさほどありませんでした。株によるリターンを合わせると、Googleより好条件だったくらいで。

――当時、AppLovinへの転職とGoogle残留以外に、選択肢はなかったのでしょうか。

坂本:動画リワードをやっている他の海外スタートアップからもオファーをもらっていました。実はそちらの方が、あくまで当時はですが、ポテンシャルがあるように感じられました。

――にもかかわらず、AppLovinを選んだ理由とは。

坂本:そのもう一つの会社は、既に日本第一号社員が決まっていて、私にはその“右腕”みたいなポジションが用意されていたんです。一方、AppLovinは1人で日本事業を立ち上げるカントリーマネージャーの役目でオファーを出してくれました。せっかく“名もない”スタートアップに転職するなら、決定権があって面白い経験のできそうな方を選ぼうと思ったんです。

――確認ですが、現日本法人社長の林さんが日本第一号という位置づけではなかったのでしょうか。

坂本:林さんは当時は米国本社での仕事があったので、私にカントリーマネージャーとして日本事業の立ち上げをやってほしいという話だったんです。

Google時代からの営業スタイルが通用せず……。2度目の一号社員で“壁”に直面

――なるほど。ではAppLovinへの転職後はどんな経験をされたのでしょうか。

坂本:振り返ると、AppLovinに移ったタイミングはとても良かったと思います。プロダクトは間違いなく良かったし、動画リワード市場そのものも、急拡大していた。日本でのブランディングも成功し、スムーズに事業を大きくすることができました。総じて、すごくうまくいったんです。楽しかったですね。

――大変なことなどはなかったのでしょうか。

坂本:それがほとんどなかったんです。林さんも、米国本社に籍を置きながら大いに助けてくれましたし。強いて言えば、うまくいき過ぎていたことが悩みでした。

――どういうことでしょうか。

坂本:やったことに対して社内外で高い評価を得られたのですが、その評価と自己評価に、次第にギャップが生じていったんです。日本事業拡大への貢献度を顧みる中、「本当に自分だからこそできた仕事なのだろうか」と。もちろん、間違った方向にもっていかなかったという面で、私の貢献もそれなりにあったと思います。でもそれが自分ならではのバリューかというと……。 description

――その葛藤がSmartly への転職につながったのでしょうか。

坂本:そこは大きいですね。唐突かもしれませんが、私は再現性を気にするタイプなんです。AppLovinでの成功、すなわち日本事業の立ち上げ・拡大について、「もう一度やっても同じように成功できる」という自信は、その時点では残念ながら持つことができませんでした。

その自信を得たかったという思いもありましたし、単純に好奇心もありました。「もう一度、第一号をやったらどうなるんだろう」と。

――2019年2月にSmartly に移りました。転職の目的は果たされているのでしょうか。

坂本:はい。AppLovinの時とは違って大変なことや、時には失敗もたくさん経験しています。

――例えば。

坂本:そもそもスキルセットのギャップがあったんです。Smartly はいわゆるSaaS(*3)型のビジネス。しかし私は、SaaSの営業経験が全くありませんでした。SaaS型だと、顧客が抱く理想と現実のギャップ、それに対する自社プロダクトの有用性などを整理した上でサービス導入を促し、導入後もきめ細やかにサポートする必要があります。いわゆるカスタマーサクセスですね。

それを知らなかった私は当初、前職や前々職と同じようにひたすら代理店や広告主に会ってプロダクトの良さをアピールするなど、“力技”の営業を展開してしまいました。うまくいくはずもありません。 *3 サービスとして提供されるソフトウェア

――AppLovinでいう林さんのような存在がないことも、大きいのでしょうか。

坂本:そうかもしれません。Smartly では、日本事業に関するあらゆることを、自分でフィンランドの本社に説明しなければなりません。例えば代理店のNDA(秘密保持契約)承認に数カ月かかることや、ビジネスシーンにおけるITの普及度など、日本の特殊性をしっかり伝える必要があります。そうでないと、十分な投資を引き出すことができません。

一号社員は、「3年後の当たり前」を作る“スナイパー”

――大変なことが多い中、工夫や心掛けていることなどはありますか。

坂本:なるべく他の海外企業のカントリーマネージャーと交流を持ち、いいやり方などをインプットするようにしています。カントリーマネージャーのベストプラクティスを学べる機会って日本にそう多くありませんから。

――一号社員が成功するためのポイントは、どこにあると感じますか。

坂本:求められる要素は、大きく分けて5つ。①語学力②営業やマーケティングなど職種にひもづいた力③関わる業界の知識と人脈④行動力⑤コミュニケーション力でしょうか。

全て満点に近い人は、めったにいません。なので採用される側から見ると、足りない要素について雇い主と合意形成した上で入社することが大切だと思います。

――ご自身の例でいうと。

坂本:Smartly と私については、正直失敗した面もありますね。既に述べた通り、私はSaaS営業の経験がなく、会社側はそれについて十分認識できていなかったようですから。私はなんとか頑張っていますが、スタンスを修正できない人なら厳しい結果になりかねなかったと思います。

他方で、私が(Smartly の事業領域である)SNS広告に関する経験に乏しいことは会社側も認識した上で採用してくれたようで、そこは問題なく回っているので良かったと思います。

――ご自身のnoteで、一号社員に挑戦する理由の1つとして「3年後に当たり前になっている概念を、いち早く見つけて、日本に広める」ことのやりがいに言及されています。そのような考え方をするきっかけは、あったのでしょうか。

坂本:Googleの時の経験が大きいですね。AdMobでアプリ広告に先行的に力を入れていたら、そのうち市場全体が一気に大きくなって、売り上げも急増しました。気持ちよかったんです。早めに“張って”いたというだけで、その領域の第一人者みたいな認知もされましたし。そんな経験を通じて、味を占めた感じでしょうかね。「あ、これは“おいしい”ぞ」と。

――確立された領域でシェア争いするのとは、正反対ですね。

坂本:シェア争いは肉弾戦ですよね。それよりも、スナイパーがライフルでこっそり獲物を仕留めるように、なるべく楽をして結果を出す感じですね、私は。

一号社員と起業、違いはPMFに達しているかどうか

――スタートアップへのエンジェル投資もされていますが、一号社員と起業の違いについては、どんな印象を抱いていますか。

坂本:起業して事業を大きくしている人たちは、本当にすごいと思います。PMF(プロダクトマーケットフィット)(*4)に至るまでのつらい時期を乗り越えてきているわけですから。

一方、私がやっているような一号社員は、一度海外でPMFに達したものを日本に持ってくるのが役目です。もちろん、本国と全く違う事業をやる場合は別ですし、日本市場の独自性によって海外で達成されたPMFが日本で成り立たないケースもなくはない。しかし、基本的には似たようなニーズを持った想定ユーザーがいる限りビジネスになるはずです。

なので大抵の場合、一号社員はどうやってそのビジネスを大きくするかを考えて、あとは「やりきる」ことができればいいんです。それはそれで難しいのですが……。 *4 プロダクトが市場に受け入れられた状態

――裏を返せばPMF後のスタートアップなら、一号社員の経験は生きそうでしょうか。

坂本:それは間違いなくあると思います。ビジネスが大きくなるプロセスは、一定程度再現性があると思いますし。あと、日本というユニークな市場で国外の企業を成長させた経験は、日本企業で海外展開を進めることになった場合も、売り上げ拡大や採用などの面で大いに生きるはずです。

例えば、「市場の違いは大きいから、その国の市場を知っている人の言うことを聞いた方がいいよね」とか、「うまいこと言うけど全然手を動かさない人は雇っちゃダメだよね」とか、そういったことを体験した上で理解していれば、強みになるのではないでしょうか。 description


【連載記事一覧】
【特集ページ】「日本第一号」たちの未来志向(全9回)
(1)ゴールドマンもUberも通過点。30代起業家が追い求めるのは、理屈よりも「ワクワク」の直感
(2)「海外の面白いサービスがいつ日本に来るかウオッチしていた」。東大時代から選択肢にあった「第一号」
(3)「Quora日本語版のトップライターになってしまった」。プロダクトへの愛で引き受けた日本第一号
(4)欲しいのは日本事業立ち上げで「何度も成功する自信」。Google卒業後、2度一号社員に挑む男の真意
(5)ヤフー日本法人第一号が繰り返す「興奮」と「飽き」。変わらぬ、事業立ち上げへの強い関心
(6)“無名”のフードデリバリーを支える、Twitter・Apple出身の31歳。大企業では「自分のもたらす影響力」に満足できなかった
(7)大手テレビ局員として抱いた「情報発信という特権」への違和感。TikTokに見出したメディアの未来
(8)自ら売り込んで日本第一号に。ゴールドマン出身の金融マンが燃やし続けた「ものづくり」への執念
(9)【解説】海外企業の見る景色。どこにある? 「日本第一号」になるチャンス

コラム作成者
Liiga編集部
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