転職エージェント。転職経験を持つ人の多くが、利用したことがあるのではないだろうか。彼らのおかげで「選択肢が広がった」「志望企業に入社できた」といった声がある一方、「希望しない求人を強引に紹介された」など、苦い経験を持つ人もいる。
こうした評価のギャップは、なぜ生じるのか。転職エージェントの収益構造や、彼らが何を考え仕事をしているかを知ると、その答えが見えてくる。
全6回のこの特集「“転職エージェント”は必要か」では、実は企業側の代理人(=agent)である転職エージェントのビジネスモデルや、転職者の体験談、依頼元である企業の声、現役エージェントの本音などを紹介する。全て読んだ後、強力な味方にも“足かせ”にもなり得る転職エージェントが、自分にとって必要かを見極めてほしい。
第1回では、転職エージェントのメリットとデメリット、エージェントに頼らない転職の可能性などを掘り下げる。【橘菫】
1.「CV送っといたけど落ちちゃった」……。ファンド在籍者の応募書類を無断で送ったエージェント
2.乱立する職業紹介事業所。成功報酬が高い「高年収プロフェッショナル人材」は、エージェントにとって重要な収入源
3.アンケート回答者の半数は「エージェントに頼らない転職」を経験
「CV送っといたけど落ちちゃった」……。ファンド在籍者の応募書類を無断で送ったエージェント
投資銀行でキャリアをスタートし、3度の転職を経て現在はファンド企業で働く真壁哲也さん(仮名)。彼には、“転職エージェント不信”に陥った経験がある。2度目の転職の際、2人のエージェントが、真壁さんに無断で企業に応募書類を送ったのだ。
「相談していたエージェントのAさんから、応募を迷っていた企業について『CV(英文履歴書)送っといたんだけど、落ちちゃった』と突然いわれたのです。なんてことをしてくれるんだ、と思いましたが、Aさんは全く悪びれない態度でした」
真壁さんは苦々しい口調で、エージェントによるアクシデントを振り返る。
「Aさんの件と同じころ、自ら応募した(上記とは別の)企業の人事に、『既に応募いただいていますよね』といわれました。よく事情を聞いてみると、エージェントのBさんが私に無断で応募していたんです。Bさんは、一度相談したものの、言動が信用できず、付き合いをやめた人です。幸い、志望度が高くない企業でしたが、第一志望などなら、取り返しのつかないことになるところでした」
立て続けにネガティブな経験をして、当時は「エージェントなんて信用できない」と感じるようになってしまった真壁さん。
「結局その時は、知人のつてで転職しました。さらに次の転職で今の会社に入った際は、LinkedIn経由で直接応募しました」という。
プロフェッショナルファームの中には、選考で落ちるとその後数年間応募が制限されるような企業もあり、“無断アプライ”はキャリアのチャンスをつぶすことになりかねない。そして、そうしたエージェントによる先走った行動は、いわゆるハイキャリア人材の転職活動ではさほど珍しくないようである。
一方で真壁さんは、1度目の転職ではエージェントに導かれ、納得のいく転職ができたという。この記事を作るために実施したLiiga会員向けのアンケート(*1)でも、「エージェントと付き合ってよかった」という声は数多く集まった。
*1 転職を1回以上経験したLiiga会員を対象にアンケートを実施(2022年9月実施、有効回答数150)
転職エージェントは、その専門性や性格、求職者自身の状況、そして付き合い方などによって、心強い味方にも“足かせ”にもなり得ることがうかがえる。
乱立する職業紹介事業所。成功報酬が高い「高年収プロフェッショナル人材」は、エージェントにとって重要な収入源
ここで、真壁さんが体験した“無断アプライ”のような事案が発生する理由に触れておきたい。
まず、主な要因と思われるのは転職エージェントのビジネスモデルだ。
エージェントの収入源の多くは、転職決定時に企業から支払われる成功報酬なので、まず候補者が応募しないと話が始まらない。言い換えれば、エージェントの収益は、いかに効率よく応募させられるかに左右されがちなのだ。
そして、その成功報酬は求職者の年収に比例することが多いため、真壁さんのような高年収のプロフェッショナルファーム経験者は、エージェントにとって貴重な“収益源候補”となる。ゆえに多くの場合、エージェントが「なんとか採用につなげたい」と勇み足になり、こうした“無断アプライ”をしてしまう、と推察される。
ところで、転職エージェントが所属する会社、すなわち民営の有料職業紹介事業所の数は、この20年で5倍近くに急増している(*2)。これに伴いエージェント同士の競争は激化しており、このことも一部のエージェントが先走った行動をとってしまう一因とみることができる。
*2 厚生労働省「職業紹介事業報告」に基づく同省の資料より。2020年度は26793社
アンケート回答者の半数は「エージェントに頼らない転職」を経験
ここまで転職エージェントについて述べてきたが、言うまでもなくこれが転職の唯一の方法というわけではない。
先に言及した真壁さんは「今後転職する際は過去に経験した、エージェント、リファラル(*3)、自己応募という3つの転職手法を組み合わせる予定です」と先を見据える。
今回行ったLiiga会員へのアンケートでも、リファラル採用を含めた知人の紹介や企業からのスカウトといった、エージェントに頼らない転職を経験する人も多いことがわかる。
*3 企業が在籍する社員の推薦に基づいて、選考・採用を行うこと
このアンケートの結果だと、「過去に転職エージェントに相談した経験がある」人は全体の98%。一方で「エージェント経由の転職しか経験がない」と答えた人は150人中72人にとどまり、約2人に1人がエージェントに頼らない転職の経験があることになる。
さらに、アンケートでは、エージェント経由ではない転職をした人が、そうした選択をした理由と、結果に満足しているかどうかを聞いた。その一部を紹介する(*4)。
自己応募による転職経験者
エージェントとの対話を通じて整理した軸をもとに、興味のある会社のポジションにエントリーした。結果、満足している。エージェント経由ではないからこそ見つけた掘り出し物を得た感覚。(マーケティング職)
実力主義のコンサルティングファームと聞いていたため、自分に対するニーズがあるのかを知りたくて自己応募した。(結果は)満足しています。自力で入ったことで、それなりに努力した自負もあり、だからこそ簡単には諦めないための気持ちがしっかり根底にありながら仕事できているため。(コンサルティング職)
知人経由の転職経験者
対象求人票を持っているエージェントに一通り相談したが、自分の強みや志向を深く理解してくださっていると思えなかったからリファラルを選んだ。またリファラルの方が社内事情なども聞きやすく結果的に合格率も高くなると思ったから。(結果は)満足している。(マーケティング職)
行きたいと思った企業に、たまたま知り合いが勤めていたため、リファラルしてもらった。(結果は)満足だが、今振り返れば専門的な情報を無料で得られるエージェントの方が効率的な転職ができると思う。(通信業)
企業人事からのスカウトによる転職経験者
現状より上のティアの企業から直接声がかかったため。今より条件もティアもあがり、満足している。(ファンドマネージャー)
スカウト経由だとフィーがかからないため、採用される確率があがるという情報を得ていた。(結果は)満足しています。自分の希望とマッチしていて、成長できる環境です。(事業開発職)
*4 意味が変わらない範囲で、回答の一部表記を調整
こうした声から分かるように、転職にはさまざまな形が存在する。だからこそ転職に臨む際は、自分の状況にもっとも適した手法が何かを、比較検討する視点があるといいかもしれない。
この特集では、転職エージェントの収益構造のほか、転職経験者、企業の採用担当者、そしてエージェントの声などを紹介する。自分にエージェントは必要か、そして必要な場合は、どうすれば“企業の代理人”を味方につけられるかを考える上で、参考になるはずだ。